一部執行猶予制度に関する協議会 ~具体的なケースで考えてみました~
昨日の続きで、一部執行猶予制度の話ですが、典型的な覚せい剤事犯の事例で、
私だったら、具体的にどんなケースについて、一部執行猶予を主張するだろうか…と考えてみました。
1 完全な初犯(今後は、すべて、単純使用+所持を前提にします)
→ これは、今までどおり、全部執行猶予ですから、特に変化なし。
2 昨日、例として取り上げた、執行猶予中の再犯のケース
① 前刑として、懲役1年6月、執行猶予3年が言い渡されていて、
② その執行猶予期間中に、再犯したケース。
昨日の話では、②の量刑は、仮に、懲役1年6月とした場合、そのうち、4月の刑について、その刑の執行を2年間猶予する(保護観察付)わけですから、
結局、2年8月の間、刑務所に行かねばならず、残り4月を外に出してもらうために、2年間保護観察がつくことになります。
このケースでは、弁護人からは、一部執行猶予は求めないと思います。
結局、2年8月もの間、刑務所に行かないといけないわけですから、社会と長期にわたって隔絶されてしまうことになり、
社会へ戻ったとき、どんな状態におかれるか、どんなストレスがかかるかわかりません。
仕事もないし、人間関係も変わってしまいますから…。
社会情勢だって変わっているときがあります。
例えば、受刑を開始したときは、スマホなんてなかったのに、戻ってきてみたら、皆、スマホを持っていて、画面をのぞきこんでいた…なんてこともあるわけです。
予測がつかないわけです。
実刑部分に対する仮釈放は従来どおりに行われるのですから、優良な人であれば、それなりに長期の仮釈放がもらえる可能性がありますし、
6か月以上の仮釈放がもらえる人は、保護観察での特別遵守事項として、薬物プログラムも受けられますから、
被告人と話し合った結果、一部執行猶予ではなく、そちらを目指した方がよいのではないか、
という結論に達する人が多いような気がします。
更生にとっては、社会から完全に隔絶されてしまうのか、隔絶されないで継続性を保てるかが、重要な分岐点なのであって、
2年8月も受刑した後で、たった4か月の執行猶予をもらったって、意味があるとは思えないという印象です。
それに、保護観察所での薬物離脱プログラムというのは、スマープによるプログラム(コア・プログラムという)を2週間ごとに5回受けて、
あとは、1カ月に1回、集団講義でフォローアップを行って、スマープの復讐をするだけですから、
これを受講したからといって、薬物依存症が「治る」と考えるのは、認識が甘すぎるだろうと思います。
保護観察所でのプログラムは、性犯罪なども含めてすべてそうなのですが、
本音で話すことはできません。
当たり前ですよね。相手が監督者で、生殺与奪の権利を持っているのだから。
例えば、私の依頼者は、「今日、ほんとはすごく嫌なことがあって、覚せい剤を買いに走りたくなったけど、
NAへ行って、皆に報告するから我慢しようと思って、何とかここに来たんです。」という話を、NAでしていましたが、
これを保護観察所でできますか?
出来ないでしょう?
性犯罪でも同じです。
昨日、上司とうまくいかないことがあって、辛くて、
さっき、女性とすれ違ったとき、一瞬興奮して、露出したくなったんだけど、
ミーティングで話したことを思い出して、我慢してやり過ごしました、
という話は、民間の治療機関のグループミーティングの中では言えますが、
保護観察官相手に言えるわけがありません。
言いませんよね。
だって、この人は再犯のおそれがあって危険な人物だと思われてしまうわけですから…。
さらに、保護観察所のプログラムでは、(保護観察官を悪く言うつもりはなく、頑張って下っているとは思うのですが、)
その個人の「特性」「個性」や、「依存原因」に対応した、個別性に深く踏み込んだ対処はできません。
これは、制度的、組織的な、立場上の限界なのです。
そんな中で、長期受刑の後に、さらに2年間も形式的な保護観察を受け続けるのは、かえって社会復帰の負担になるのではないかと思います。
(仕事が軌道に乗ったら乗ったで、保護観察所に行ったり、保護司に会いに行くことは、かなりの負担になります)。
また、1回でもスリップしたことがばれれば、即、通報です。
再犯で、4か月の執行猶予期間を取り消されて、
新しい罪についても裁判を受けて、刑罰を科されるのですから、
メリットに対して、デメリットの方が大きすぎて、一部執行猶予制度を利用する気持ちは、普通は、なかなかわいてこないように思います。
3 では、①の前刑の執行猶予期間を無事満了したケースはどうか?
例えば、3年間の執行猶予期間は満了したのだけれど、前の判決から、6年、7目年の頃に再犯して、捕まってしまったというようなケースです。
薬物犯では、前刑の判決から、約8年から10年くらいが経過していれば、再び執行猶予がつけられるとされています。
8年という人がいたり、10年という人がいたりして、はっきり区切りの年数が決まっているわけではないのですが、
弁護士としても、8年くらいが経過していれば、執行猶予になるだろうと考えます。
逆にいうと、上述の、6年、7年の人は、実刑になっているのです。(私は、あまり合理性がないと思っています)。
このケースでは、だいたい、量刑は、1年6月なのですが、前刑の取り消しの問題は出てきません。
とすると、一部執行猶予の適用があれば、
今回の刑である懲役1年6月のうち、4か月が執行猶予になり、受刑期間は1年2月になるわけですね。
このケースでは、保護観察期間の2年を付されても、早く出たいし、社会復帰したいから、一部執行猶予を望むという人が出てくるのではないかという気がします。
前刑の執行猶予期間は満了しているので、
(実際の使用開始がいつごろだったかや、使用態様という問題はあるとしても)、
結構、優良な人も多く、保護観察に適合するケースも多いようにと思います。
できれば、勾留を継続するのではなく、
(結果的に、執行猶予期間は満了していても、薬物を再使用しているわけですから、甘く見るのは禁物です)、
保釈して、その人の依存原因を分析し、治療的な対処も施した上であれば、
2年の保護観察をつけても、十分耐えられる見込みがあり、
全体の刑期が短いため、執行猶予期間が4か月であっても、2のケースに比べて、相対的に刑が短くなる効果は高くなり、
一部であっても執行猶予になることのメリットは高くなります。
出来れば、一部執行猶予といわず、全部執行猶予にすればよいのではないかと思いますが、
この類型からであれば、一部執行猶予希望者、適合者が出るのではないかと思っています。
4 最後に、累犯者ですね。
先ほどの3番は、再犯しているものの、受刑については、初入者であるのに対して、こちらは、既に受刑経験がある方になります。
受刑経験はあるけれど、5年以内に再犯してしまい、人によっては、刑務所が、2度目、3度目、4度目になっているというようなケースです。
このケースでは、原則としては、わずかな執行猶予期間のために、長期の保護観察期間を付けられ、監視下におかれるのは危険だと思います。
まるで、メビウスの輪のように、刑務所 → 社会へ出て、保護観察 → 再犯 → 刑務所のように、表が裏となり、裏が表となって、永遠にループから抜けられない危険も出てきてしまうのではないでしょうか。
しかし、本当に一部の人ではないかとは思いますが、希望する人、適合する人も出るようにも思います。
例えば、私の依頼者であれば、HPにあげている光さんですね。
彼は累犯でしたが、今回は保釈を得て、治療を受けて、本人も強く回復を希望しており、親族があげてそれを支援して、奥さんも全面的に彼を支えていました。
子どもが生まれたことで、光さんは、本気でした。
光さんが、「一部執行猶予で、長期の保護観察がついてもいいから、1日も早く妻と子どものため、社会に戻って働きたい」と希望したなら、私は止めなかったでしょうし、実際、うまくいったのではないかと思います。
つまり、そういう成功すると思われる例もあるが、それにはそれなりの根拠なり、刑事裁判中の取り組みと支援体制があるのであって、
ただ漫然と、受刑期間が少しでも短くなるなら、一部執行猶予でお願いします!というのは、非常に危険な判断だと思います。
あと、もう一つ、このブログを公開した後で、思いついたので書き加えます。
累犯でも一部執行猶予を主張する可能性が高いケースは、
既に、現時点で、メビウスの輪の中に入っていることが明白で、
次に出てきたときに更生できずに再犯したら、この人は覚せい剤精神病を発症して、一生、廃人にになってしまうか、
いずれは死んでしまうだろな…、
(かっては、本人が底つきするまで、支援は無理だと介入せずにいたら、結局死んでしまうケースも多かったようです)、
この人がまっとうな人生を送るためには、今回が最後のチャンスだ…、と感じるようなケースです。
このような事案で、現時点で、誰か支援してくれる人がいるならば、まずは、本人を説得し、保釈して治療に乗せることを目指します。
そして、保釈中に、治療や社会復帰への道筋をきっちり整え、
執行猶予になったとき、どこに帰住するのか、どんな施設でどんな生活を送るのかについても、十分環境を整えた上で、
一部執行猶予を主張するケースです。
この場合は、ほっておくと、再犯してしまい、一生廃人になってしまうことが目に見えているから、
何とかしてそれを防ぎ、薬物から人生を取り戻すために、
まさに、長期の保護観察を受けることで、クリーンな生活を維持することを目的に一部執行猶予を利用するケースです。
このケースは、とても有効なのではないかと思いますが、
刑事裁判中の治療と更生への道筋作りがとても重要だと思います。
あくまで典型的な事例を想定して考えてみましたが、
実際は、被告人ごとに、過去の前科などにもバリエーションがありますし、個性がありますから、
最後は、被告人と話し合い、被告人の意思と希望を尊重しながら、最適な方法を模索することになるのでしょう。
さて、どうなりますやら。
では、今日はこのへんで。