1 条件反射制御法 (CRCT) とは?
(1)ここでは、依存症の治療法である「条件反射制御法(CRCT)」について、簡単にご説明します。
条件反射制御法(CRCT) は、薬物依存症・アルコール依存・ギャンブル依存・クレプトマニア(窃盗症)、強迫性障害(強迫神経症)・ストーカー行為なども含めた「依存性」全般に対する治療法です。
条件反射制御法(CRCT)は、2006年から、千葉県の下総精神医療センターで始められました。
医学的な詳しい説明は、下総精神医療センターのHPに、精神科医平井慎二先生の説明がありますので、そちらをご参照下さい。
大阪府では、結のぞみ病院で行われています。
初期のころは、薬物依存症の方が中心でしたが、現在では、クレプトマニア(窃盗症)の患者さんも多く、その他にもストーカーや強迫性障害の方などさまざまな患者さんが治療を受けておられます。
(2)条件反射制御法の仕組みを、簡単に説明すると、
人間には、
① 遺伝子に組み込まれた生来的な機能としての条件反射(例えば、梅干しが口の中に入ると、唾が出る)、
② 生来的に備わったものではないけれど、学習することにより成立する第一信号系条件反射(例えば、梅干しを何度も食べていると、梅干しを見ただけで、唾が出てくるようになる。唾を出そうと思って出しているわけではなく、唾を出さないでおこうと思っても止めることができない)、
③ 言葉を刺激として反応を生じさせる「思考」であり、評価・予測・目標設定・計画・決断などを行う機能である第二信号系条件反射(人間のみが持っている機能。例えば、高血圧になるから、梅干しは食べないでおこうと考えること)の3つの条件反射が備わっています。
薬物を身体に取り入れて、快感を得る経験を繰り返していると、そのたびに,②の第一信号系条件反射の機能が強化されていき、条件反射を作ってしまいます。
それは、例えていえば、梅干しを食べ続けていると、梅干しを見ただけで唾が出てくるようになるのと同じです。
これは、梅干しを食べる習慣がある人にだけ作られていく条件反射で、梅干しを食べる習慣がない人、例えば、外国人などの場合は、梅干しを見ても唾は出てきません。
このようにして、特定の快感に強く関連づけられた②の条件反射が形成されてしまうと、それは、それを止めようと考える③の第二信号系条件反射である「思考」よりも強力で優勢であるために、いくら頭で止めようとしても止められないという状態に陥ってしまうのです。
簡単にいえば、「わかっているけど、やめられない」という状態です。
このような行動を「嗜癖行動(しへきこうどう)」というのですが、この嗜癖行動を止めるためには、既にでき上がってしまった②の条件反射を弱める治療をしなくてはなりません。
また、薬物の渇望を感じてしまったときに、実際に使用してしまうことを回避するために、「これから薬物を使わない時間が続くのだ」という新しい条件反射を作り上げていく治療も必要です。
(3)治療のための4つのステージ
治療では、
① 第1ステージ 「キーワード・アクションの設定」
② 第2ステージ 「疑似摂取」
③ 第3ステージ 「想像」
④ 第4ステージ 「維持」
という4つのステップを踏んでいきます。
薬物乱用の治療を例にとると、
① 「キーワード・アクションの設定」では、今まで作り上げてきた「覚せい剤を使うと快感が得られる」という条件反射を中断させるためのブレーキとなるような、自分だけの信号を作っていく作業をします。
「これから覚せい剤を使えない時間が続くのだ」という新しい条件反射(ブレーキ)を身体に覚え込ませるためのステップです。
まずは、自分なりの信号となる言葉を作ります。
例えば、「私は、今、覚せい剤をやれない(物質を使用できないという言葉)。大丈夫(リラックスする言葉)」と言いながら、その人ごとに決めた一定の簡単な動作をします。
これを20分以上の間隔をあけて、1日に何度も何度も繰り返します。
最終的には、治療期間中に1000回近くくり返すのです。
そうするうちに、この動作をすると、覚せい剤を使用したい気持ちがおさまり、スッと落ち着くようになります。
さらに、このステージでは、過去の「よかったこと」「楽しかった思い出」の書き出しを行います。
薬物やアルコールなどの乱用では、ストレスが加わると再発しやすくなるので、よかったことの書き出し作業は、ストレスが加わっても乱用行動に戻らないように、ストレス耐性を高める作業になります。
② キーワード・アクションをある程度くり返したところで、第2ステージの「疑似摂取」へと進みます。
薬物の場合であれば、偽の注射器を使ったり、あぶりの方は、アルミホイルやガラスパイプなどを使ってあぶりの動作をくり返します。
もちろん、偽物で、覚せい剤は入っていませんから、自分が過去に取っていた薬物を使うときと同じ行動をとっても、身体には「快感」がない、つまり、「空振り」の状態が続きます。
これを何度もくり返すうちに、今まで覚せい剤を使っていたときと同じ刺激にさらされても、欲求を感じなくなり、薬物を再使用しなくても耐えられる身体状態が作り上げられていくのです。
万引き窃盗(クレプトマニア・窃盗症)の方は、商品をおきた部屋で、万引きしていたときと同じ動作をくり返します。
理論的な仕組みは、疑似注射の場合と同じです。
この第2ステージでは、過去の「つらかったこと」「ストレス状況」の書き出し作業も行います。
③ 第3ステージの「想像」に入ると、今まで自分がどっぷりと覚せい剤を使っていた頃の典型的な1日について、朝目覚めたときから使用するまでの状況を詳しく思い出してもらい、作文に書いたり、語ってもらう作業をくり返します。
例えば、朝起きたとき、目の前にはこんなふうな部屋の様子が見えて、ベッドを出る。そして、あれをして、これをして、その後、ベッド横にある小机の2段目の引き出しの奥に隠してある覚せい剤を取り出して、それを机まで持っていき、そこで、こんなふうに包みを開けて、水と注射器を用意して…という具合です。
薬物は日常生活の中で使われていたため、自分で意識していなくても、日常生活の中にある刺激は、薬物使用につながっています。
そこで、あえて、自分自身を、覚せい剤を使っていたときの記憶にさらすことで、その刺激に耐えられる状態を作り上げていきます。万引きなどでも同様です。
一見すると、何でもないことのように思えるのですが、意外にも、依存症の人はこの治療をとても嫌がります。
かっての依頼者は、①②は出来たのですが、③はできませんでした。
「虫がわく」感じがするのだそうです。
④ 最後は、第4ステージの維持ステージです。
これまでやってきたキーワード・アクション、疑似摂取、想像摂取をくり返します。
治療で欲求が生じなくなっても、条件反射が完全に消えたわけではないので、回数は少なくてもいいから、①~③を続けて、維持していく必要があるのです。
病院は、白衣の人に囲まれていて、社会内とは違う特殊の環境ですから、治療が進み、安定した状態になったら、行動半径を入院前の状況に徐々に戻していき、外に出て①~③をくり返し、社会内の刺激の中で再使用せずにいられる状態を作り上げていくのがよいのです。
それが「維持ステージ」です。
以上のような治療法をくり返すことで、薬物を使っていた当時の、薬物に関連する刺激に不意にさらされてしまっても、欲求を感じにくく、再犯せずに耐えられる身体を作り上げていくのです。
万引きなどでも同様です。
このような治療法を行っている精神科医院は、関西では、「結のぞみ病院」(大阪府富田林市)があり、関東では、「下総精神医療センター」(千葉県)があります。
最近では、薬物以上に、クレプトマニア(病的窃盗症)の方で、条件反射制御法による治療を受ける方が増えているようです。
内面にふみこまなくても治療ができて効果があがるため、内省的な治療がききにくい重症化した方にも対応できる面があると思います。
なお、医療機関でこの治療プログラムの受けた後に、回復支援団体へ入寮したり、自助グループのミーティングに参加するようにすればよいでしょう。
自助グループは、薬物ならNA(ナルコティクス・アノニマス)、万引きならKA(クレプトマニア・アノニマス)、アルコールならAA(アルコホーリクス・アノニマス)、断酒会などがあります。
2 治療プログラムを受けられた方々の実例
(1) 薬物(30代前半の男性)の場合 執行猶予中の再犯で、再度の執行猶予判決が出た事例
執行猶予中の再犯の事例でしたが、保釈後、入院して条件反射制御法による治療を受けました。
心理士によるカウンセリングを並行して実施し、依存原因を分析できました。
条件反射制御法による治療とカウンセリングの効果が評価され、一審では「再度の執行猶予判決」をいただくことができた事例です。
薬物規制の必要性は認めつつも、末端の使用者の再犯防止も重要な要請だと考え、治療を評価した一審判決は画期的な判断で、一審の裁判官の判断は正しかったと思います。
この判決は、その後、控訴審でくつがえされ、上告も棄却されました。
しかし、被告人は、その間、ダルクへ入寮して過ごし、カウンセリングもしばらく受け続け、周囲からのたくさんの支援をもらい、人間的にも大きく成長して、受刑していきました。
受刑中は最優良受刑者として扱われましたし、
現在では、出所して、新しい職場で、生き生きと働いています。
今でも、回復者数名とダルクの加藤さんなどと一緒に飲み会に行ったりするのですが、本当にきれいに治って、社会復帰を果たしています。
仮に裁判で理解してもらえず、刑が軽くならなかったとしても、治療の効果は出所後に歴然と現れますので、あきらめず、刑事裁判中から治療に取り組んでいただきたいと思います、
(2)薬物(40代前半男性)の場合
虐待の影響で薬物依存から抜けられず、7回目の受刑だが、一部執行猶予判決を得られたケース
20代初めに薬物を使用して逮捕されて以来、出所後、再使用・受刑をくり返し、今回が7回目の受刑となっていました。
実は、幼少期に父親から虐待を受けており、(心理的虐待やネグレクト)、虐待の影響が、薬物使用をやめにくくしていました。具体的には、
・NOと言えない。断れない。
・年上男性との関係で、自己主張できず、都合よく利用されやすい。
・ストレスや葛藤があっても、自分を麻痺させて、ストレスや葛藤を見ないことにする。
(虐待下では、葛藤を感じて歯向かうと暴力を振るわれるので、自分を麻痺させている)
・その結果、自己治癒行為として、薬物に依存してしまう。
といった形で、薬物を断ち切れないまま、影響が出ていました。
虐待の影響については、妻の献身的な協力もあって、心理カウンセリングを受けてもらって、分析していきました。
しかし、そもそもカウンセリングを始める前に、まずは、身体の治療をして安定させることが必要不可欠でした。
そこで、保釈後、ただちに病院へ入院してもらい、条件反射制御法の治療を受けてもらった上で、し、カウンセリングを受けてもらい、退院後はしばらくダルクへ入寮してもらいました。
この方の場合、既に6回受刑していて、前刑が懲役3年だったため、本来であれば、一部執行猶予の対象ではなかったのですが、条件反射制御法による入院治療とカウンセリングの治療効果を主張して、懲役3年、うち6か月を3年間執行猶予とする一部執行猶予の判決を受けました。
実刑部分は、2年6月まで短縮できたことになります。
仮に、何も治療せずに、懲役3年6月になっていたとしたら、受刑期間が1年違っていたわけですから、量刑的な効果も大きかったと思います。
彼はまだ受刑中ですが、保護司さんも面会に来てくれて、妻やダルクの仲間も帰りを待ってくれています。
彼は、虐待の影響はわからなかっただけで、本来真面目で優しい人柄です。
今回は、治療的な支援者が多数いるため、もう再犯せずに乗り切っていけるだろうと感じています。
彼の社会復帰が楽しみです。
他の回復者の仲間や奥さんと一緒に飲み会に来てほしいですね。
(3)クレプトマニア(窃盗症)の場合
クレプトマニア(窃盗症)の女性達の入院治療例はたくさんあります。
摂食障害と合併し、重症化しているケースにも、条件反射制御法による治療はよく対応します。
どの治療法を選択すればよいかは、その方の症状や条件によって異なるため、まずはご相談下さい。