このページでは、摂食障害型のクレプトマニアであったヨウコさんの治療体験記をお届けします。

題して、「ヨウコさんのクレプトマニア治療体験記 ~生い立ちを乗り越えて~」

クレプトマニア(窃盗症)の方には、いろいろな原因とパターンがあります。

万引き行為に依存して、窃盗をくり返すという最後の結果は似ているものの、そこへ至る原因や過程はそれぞれ異なっているところが、クレプトマニアの難しいところです。

 

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ヨウコさんの場合は、摂食障害型のクレプトマニアですが、父親を幼い時に亡くして、母子家庭で育った生い立ちの影響を強く受けていて、心理的な問題が深く関係しています。

そんなヨウコさんには、赤城高原ホスピタルでの治療に加えて、心理士の個別カウンセリングを受けてもらったところ、見事に回復軌道にのっていきました。

心理面の問題が原因になっているケースは、実は結構たくさんあります。

もっと心理士のカウンセリングが活用されるべきことを示す事例として、ご紹介したいと思います。

では、ヨウコさんのケースを読んでみて下さい。

 

【6歳でのお父さんの死】

ヨウコさんの育った家庭は、お父さん、お母さん、本人、6歳下の妹の4人家族でした。

しかし、ヨウコさんが小学1年生のとき、お父さんがガンで死亡してしまいます。病院嫌いの人だったようで、発見が遅れ、ガンとわかったときには手遅れだったようです。

入院後、数か月で亡くなってしまいました。妹は、まだお乳を飲んでいる赤ちゃんでした。

ヨウコさんは、亡くなったお父さんが、布団の上に白い着物を着せられ、頭に三角の白い布をつけられて、冷たくなって横たわる姿を見て、「これがお父さん!?」とびっくりしたことを覚えているそうです。

生前のお父さんは、背も高く、大きくて、はつらつとした元気な人だったのに、やせ細って、青白い姿になっていました。

さらに、火葬場へついていって、お父さんが骸骨の姿になって出てきたのを見たとき、ヨウコさんは、「えー!??」と、発狂しそうになりました。

まだ6歳だったヨウコさんは、人間が骨だけになった姿を見たのは初めてでした。

本当に強烈な印象で、今でも目をつぶると出てくるほどだそうです。

 

お母さんも、乳飲み子を抱えて、突然夫に先立たれ、とてもショックを受けていました。

集まった親戚からは、「お父さんは死んじゃったんだから、これからは、お前がお母さんを助けなあかんよ。」と言われました。

ヨウコさんは、そう言われて、「本当に自分が頑張らないといけない」と思いました。

 

お父さんの死後、お母さんはスーパーのパートで働き始め、ヨウコさんと妹は、お母さんが帰宅する時間まで、伯父さん宅へ預けられました。

伯母さんは、突然子どもを預からねばならなかったことが不満だったのでしょう。いろいろ嫌味を言われました。

例えば、ご飯を食べていると、「この子はよく食べるから、食費が大変だわ。」とか、「お金がないんだから、そろばん塾なんかやめたら。」とかです。

伯母さん宅には、年の近い従兄弟がいたのですが、ヨウコさんの方が成績がよかったので、それも気に入らなかったのかもしれません。

ヨウコさんは、伯母さんに嫌われないように、嫌味な言葉も聞こえなかったふりをして、気をつかって過ごしていました。

気に入られるために、「おばちゃん、手伝うよ!」と、すすんでお手伝いもしていました。

 

しかし、このことをお母さんに言うことはできませんでした。

突然、夫を亡くして苦労しているお母さんにこれ以上心配をかけたくなかったのです。

他人の顔色をうかがい、自分の本当の感情を言えないという、摂食障害へつながる特徴がこんな幼い時からみてとれます。

 

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【母子家庭として ~中学校の用務員室で暮らす日々~ 】

小学校2年生のときに、お母さんが、住み込みの用務員の仕事を見つけてきたので、一家は、中学校の一角にある用務員室に引っ越しました。

ランドセルを背負った小学生が、中学校の敷地に向かって帰宅する姿は、とても奇妙な感じで目立ちました。

ヨウコさんは、いつも周囲の目を気にするようになります。

「母子家庭で、両親がそろっていないことは、普通とは違うんだな。アパートでもいいから、普通の家に住みたいな。」と思っていました。

お母さんは、つましい生活の中でも、いつもできる限りのことをしてくれて、ヨウコさんがしたい習い事などは全部させてくれました。

ヨウコさんもそれに応えて、学校の成績は良く、テストはいつも100点でした。

 

中学校へ進学してからは、何かに集中していた方が嫌なことを考えなくてすむので、ヨウコさんは、勉強や習い事、部活動などに集中していました。

もともと頭はいい上に、努力するわけですから、成績は、常に学年でトップクラス。
学年で1位だったこともあります。

先生方も、母子家庭のヨウコさんを気遣って、励ましてくれました。

しかし、ヨウコさんがいい成績を取ると、別の生徒の親御さんから、あの子の親は用務員をしているから、テストの情報などを仕入れて、子どもに教えているに違いないというような悪口を言われたことがあります。

「他人には、そういうふうにしか見ないのかな。」
「用務員室に住んでいるのは、お父さんが死んで、母子家庭になったからだ。お父さんが死んでいなければ、こうはならなかった。」と思いました。

周りのお友達は、お受験をして私立学校へ通う子もいました。

ヨウコさんは、仲のいい友達が受験して私学へ行くのを見て、

「私もやってみたかったな。お父さんが生きていたら、もっと違った生活だったのに。」

「母子家庭で、お金がないとみじめだな。」と思っていました。

 

このような生い立ちの影響もあり、ヨウコさんは、他人が自分のことを何と言っているか、他人の評価をとても気にする傾向があります。

他人を気にするあまり、自分が本当はどう思っているのか、どうしたいのかがわからなくなってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

【摂食障害の発症】

中学3年生で部活動を引退した後、友人から「ちょっと太ったんじゃない?」と言われました。

それをきっかけにダイエットを始めたところ、少しやせて、周囲からほめられて、嬉しくなったヨウコさんは、ダイエットにのめり込んでいきました。

当時は、脂肪を食べない鈴木園子式ダイエットがはやっていて、砂糖水だけとか、おにぎりとみそ汁だけのダイエットをしていたそうです。

ヨウコさんは、やり出すととことんまでやるタイプなので、どんどん痩せていき、友人からも羨ましがられました。

その結果、高校生のときに、26キロくらいまで体重が落ちてしまい、いくら勉強しても思考が働かなくなりました。

テストの点も下がってしまったの、驚いて、思考力を回復させるために食べ始めると、今度は過食に転じてしまいました。摂食障害の始まりです。

ヨウコさんは、一日中食べ物のことばかり考えるようになり、家の中の食べ物を食べあさるようになりました。

ヨウコさんが、家中の食べ物を食べてしまうため、困ったお母さんは、冷蔵庫に大きな南京錠をかけて、食べ物を学校の棚や花壇に隠すようになりました。

しかし、摂食障害で、飢餓状態にあるヨウコさんは、隠してある食べ物を探し出して、取って(盗って)は食べていました。

お母さんは怒りますが、病気の娘がすることですから、仕方がありません。

あきらめて許してくれていました。

お母さんとの間でくり返されたこれらの行為が、後の窃盗へとつながっていくことになります。

 

【さらに、万引きの発症へ】

学校の先生にあこがれていたヨウコさんは、教師になりたいという夢をもち、地方の国立大学の教育学部を受験して合格しました。地方だと進学費用も生活費も安くすんだのです。

大家さんがいる共同住宅の部屋を間借りしましたが、ヨウコさんは、他の学生さんが台所で作った食事を勝手に少し盗ったり、食材を盗ったり、他の学生さんが捨てたリンゴの皮を「もったいない。まだ食べられる。」と、拾って食べるといった異常な行動に出てしまいました。

このときは、まだ摂食障害が治っていなかったのです。

共同住宅は家庭的な雰囲気だったので、自宅の延長のような感覚でやっていたと思われます。

しかし、お母さんとの間では許されていた行為も、他人との間でやってしまえば、犯罪になります。

ヨウコさんの行為は問題化してしまい、共同住宅を出て、一人暮らしをしました。

 

初めての万引きも、ちょうどこのころで、大学生のときです。スーパーで、当時ダイエットの食材としてはまっていたゴマを見つけて、思わず盗んでしまいました。

「みつけた!」という感じで、バッグに入れたそうです。

この行為も、今からふり返れば、自宅でお母さんが隠している食べ物を見つけ出して、取って食べていたときの感覚が、外で「窃盗」という形で出てしまったものと思われます。

この部分が、摂食障害から万引きへとつながるメカニズムです。

 

大学時代から万引きも出ていたヨウコさんは、悩んだ末、憧れていた教師になることを断念しました。

摂食障害があって、万引きがある自分が教師になってはいけないと思ったのです。

 

【大学卒業後~】

その後、ヨウコさんは、大手企業に営業職として就職しました。しかし、厳しいノルマがあり、疲れ切って、摂食障害が悪化して、万引きも出てしまったため退職しました。

その後、転職もしましたが、転職先でもプレッシャーから摂食障害が悪化して、万引きが出てしまったので、実家へ戻りました。

 

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【結婚後、事件まで~】

そして、ヨウコさんは結婚しました。

夫には、摂食障害と万引きのことは話していませんでしたが、結婚2年後に、ばれてしまいました。

夫からは、万引き癖があるなんて聞いていないと責められましたが、今は3人の子どもをもうけて暮らしています。

しかし、ご主人にクレプトマニアに対する理解があるわけではありません。

むしろ、ご主人はあまり協力的ではなく、今は、3人の子ども達の教育費、つまり大学進学費用について、意見がわかれています。

ヨウコさんは、自分自身が教師を目指して大学へ進学した経験がありますし、勉学や学校の先生に励まされて大きくなってきました。

加えて、最近は、大学へ進学するのが当たり前の時代になっているので、ヨウコさんは、子ども達を全員、大学へ進学させてやりたいと思っています。

子どもは3人いますから、進学費用はばかになりません。

下宿費用も必要です。

ヨウコさんとしては、ご主人と協力しあって、教育費を捻出したいわけです。

しかし、ご主人の方は、子ども達の教育にはあまり興味がありません。

お金がないなら、働けばいいじゃないか、大学なんて、行かなくてもいいじゃないか、という態度なのです。

「教育費は、ヨウコさんの担当ね」という感じで、塾代などは全く出してくれませんでした。

ヨウコさんは、一人で奮闘して、子ども達の教育費を準備しなければならない状態におかれていたのです。この圧迫感が万引きへとつながっていきます

 

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【万引きのメカニズムの解明】

ここから、ヨウコさんの場合の窃盗のメカニズムについて、お話します。

どうして彼女が盗んでしまうのか。

これは、控訴審に入ってから受けた、心理士の個別カウンセリングで解明されました。

 

ヨウコさんには、子ども達の教育費を、自分一人で準備しなければならないという強いストレスがかかっていました。夫は協力してくれません。

この状態は、ヨウコさんに、お父さんを亡くした後、母子家庭で育ってきたつらい気持ちを思い起こさせます。

「誰も守ってくれる人がいない」「一人で頑張らないといけない」「お金がないとみじめだ」というような気持ちです。

そうすると、ぐーっと不安感が高まってくるわけです。

ヨウコさんの場合、不安感が高まると、今あるお金を減らしてはいけない。今あるお金を守らなければいけない、という強烈な気持ちが働きます。

同時に、ヨウコさんにとっては、このストレスを緩和してくれるものは、過食嘔吐なので、摂食障害が悪化します。

摂食障害が悪化すると、食べ物をかき集めたい衝動にかられるわけです。

このお金が減らしたくないという不安感と、食べ物をかき集めたい衝動があわさって、万引き行動につながると思われます。(ちなみに、ヨウコさんの場合、盗品はすべて食料品でした)。

 

さらに、万引きへ最後の一押しになってしまうのが、「認知の歪み」です。

ヨウコさんの場合、高校生の頃に身につけた、「(摂食障害で)どうしようもないのだから、盗っても仕方がない。(お母さんからは)許してもらえる。」というような感覚が背景にあると思われます。

窃盗が悪いことだ、犯罪だということは、頭ではわかっているのですが、プレッシャーがかかると不安の方が圧倒的に大きくなってしまい、自分のしている行為は、窃盗だ、犯罪だという実感が乏しいのです。

その証拠に、ヨウコさんは、今回の事件の警察での取調べ時に、「何と説明したらいいかわからないんですが、自分の家の冷蔵庫から食品を取り出すような感覚なんです。」と話していて、そんな内容の供述調書が作られていました。

また、一審の裁判のときの被告人質問でも、「わかっていただけるかどうかわからないのですが、自分の家の食器棚から、ポンポンポンポン、食品を取り出しているような感覚なんです。」と答えていました。

一審では、まだ心理士は入っておらず、心理分析によって原因解明はされていませんでしたから、ヨウコさんのこの発言内容は、裁判官には意味がわからず、理解できなかったと思われます。

このような発言が誤解されて、量刑が重くなっていたので、それを、控訴審の段階で、心理分析によって解明して説明したのです。

以上が、ヨウコさんの場合の(大まかな)万引きのメカニズムです。

なお、これは、あくまでヨウコさんの場合のメカニズムであり、クレプトマニアと一口にいっても、背景事情や動機には個人差があるので、一般化はできないことに注意して下さい。

 

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【控訴審で行った治療について】

最後に、この裁判で行った治療についてお話しましょう。

ヨウコさんは、実は、数年前に一度、赤城高原ホスピテルで入院治療を受けていましたが、今回の万引きの後も、改めて、一審の間、約3か月間にわたり、赤城高原ホスピタルへ入院をして、治療を受けました。

一審では、その治療効果を主張したのですが、一審判決は、懲役2年4月で、重い量刑でした。

その内容に驚いたヨウコさんは、私の事務所を尋ねてきてくれたので、私が控訴審から弁護に入ったのです。

控訴審では、
①万引きの原因を解明して、そのメカニズムを明らかにすること、そして、
②説得的な控訴趣意書を提出するとともに、
③今度こそ万引きを止めること、
を目標に、個別カウンセリングをメインにして、以下のような治療を実施しました。

(1)心理士による個人カウンセリング

生い立ちの影響や、万引きのメカニズムの解明を行いました。

赤城高原ホスピタルでの治療は、他の仲間と一緒にミーティングをすることで、自分自身を客観的にみつめるきっかけになるのですが、「当事者同士」という限界があります。

また、「言いっぱなし、聞きっぱなし」がルールであることから、専門的な分析にまでは至らない面があります。

さらに、集団的な治療であるため、個人、個人の内面や生い立ちに深く立ち入ることができません。

その点、心理士による個別カウンセリングであれば、プロの心理士から専門的な分析とアドバイスをしてもらえますし、被告人個人だけをターゲットにして話ができるので、生い立ちやその人の特徴まで深く入り込むことができるのです。

 

(2)地元の摂食障害の病院へ通院開始

パートの仕事、3人の子育てのための家事・育児で忙しいヨウコさんが、出所後も、経済的にも、時間的にも、安定して治療を続けられるように、地元の摂食障害の病院を探して、定期的な通院を開始してもらいました。

赤城高原ホスピタルは、群馬県ですから、近畿からは遠いわけです。

また、ヨウコさんの窃盗は、摂食障害がベースにあるものですから、摂食障害にきちんと向き合わないと、摂食障害が悪化しているのに、窃盗だけ治るということはありません。

そこで、地元の通院圏内で、摂食障害にきちんと向き合える病院を探してもらいました。

 

(3)食品流通センターでのアルバイト

最後は、偶然の経緯からたどりついたものですが、ヨウコさんが控訴審期間中にした、食品流通センターでアルバイトが功を奏しました。

ヨウコさんは、お金を稼ぐため、重いお米やお水をはじめ、食料品を運んで仕分ける仕事をしたことで、食品が店頭に並ぶまでに、どんなに多くの人達の労力がかかっているかを、身をもって実感することができました。

窃盗の実感が希薄だったヨウコさんが、「自分のやっていることは、犯罪なのだ」という体感をもてるようになったのです。

また、お金が減ることに恐怖感しか感じられなかったヨウコさんが、労働のあとにお金を使うことで、「お金は使うことに意義があるもの」、「使ったら、また稼げばいい」と、お金を使う喜びも感じられるようになりました。

以前は、お金を使うと、「使ってしまった。減ってしまった。」と罪悪感や強い不安感を感じ、「何とかしてこの埋め合わせをしなければ…」という思いにかられていました。

しかし、食品流通センターでの労働で、労働、お金、物、の3つの健康的なバランスを体験し、健全な金銭感覚を得ることができました。

 

(4)たくさんの良い出会いの効果

さらに、ヨウコさん自身は、治療を通じた人との出会いが、自分を変えてくれたと言います。

赤城高原ホスピタルで出会った仲間や医師、控訴審で出会った弁護士、心理士、摂食障害の病院の医師、それらの人々との出会いがある中で、自分の内面を分析できたこと。

人に言われて強制されるのではなく、自分で納得して、自分の生い立ちを理解できたこと。

そして、自分がどうして盗んでいるか、すとんと腑に落ちて理解できたこと。

それを前提に、では、どうやって現状を変えていくかと考えられるようになったこと。

これらが大きな影響を与えたそうです。

 

(5)真実を語る弁護

最後に、控訴審では、真実を語る弁護活動を展開したことも、治療的な効果があったのではないかと思います。

クレプトマニアは、DSM-5の診断基準で、「個人用に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく」とされていることもあって、「お金の影響がありました」「節約しなければいけないという意識がありました」と語ることはタブー視されている面があります。

しかし、ヨウコさんのケースでは、子ども達の教育費というお金の問題が、ヨウコさんに大きくのしかかっていて、それが大きなプレッシャーになっていたのです。

一審では、裁判で不利になることを怖れて、お金の話をせず、夫が教育費に協力してくれないことについても話さなかったため、一審の裁判でのヨウコさんは、「意味不明な理由で盗む人」「理解できない変な人」のように見られていました。

量刑もびっくりするくらい重くなってしまいました。

それを解消するために、お金の影響があったことを正面から認め、その心理を深く分析した上で、真実を話しました。

ヨウコさんは、本当のことを話せて、すっきりしたと言っていました。

「真実を語る」、しかし、表面的に、その人が悪いと責め立てるのではなく、「深く理由を分析して語る」、ということは、被告人の更生のためにとても重要なことだと思っています。

人間にとって、真実を隠さねばならないまま更生することは、とても難しいのです。

 

こんな経緯を経て、控訴審では、一審判決が破棄され、懲役1年8月となりました。常習累犯窃盗罪自体は、どうしても成立してしまうので、この事案では、これ以上量刑は下がられませんでした。

あとは、ヨウコさんが、万引きを本当に止める以外に、受刑を食い止める方法はありません。

 

【最後に~】

私からみると、ヨウコさんはとても頑張り屋で、努力家です。

もし摂食障害を発症していなければ、教師になっていた人だと思います。

幼いときにお父さんの死を経験する中、必死で、お母さんを助けようとした健気な子どもだったのです。

そんなヨウコさんが、刑務所に行かねばならないまま終わるのは、あまりに悲しすぎます。

生い立ちと摂食障害という病気に負けず、社会の中で3人の子ども達のお母さんとして、苦難を乗り越えながら生きていってくれればと思います。

きっとこれが最後の裁判となるはずです。