1 窃盗事件の多様性
窃盗事件ほど、件数が多く、多様なパターンがある犯罪類型はないでしょう。
一番軽い犯行態様で、件数も多い「万引き」についても、その原因をとえば、実にさまざまなケースに出会います。例えば、
・クレプトマニア(窃盗症)
・摂食障害・アルコール依存症などの他の精神疾患と合併しているケース
・認知症
・高齢者の万引き(成育歴や家族歴、さびしさや不満の感情が関係していることも多い)
・知的障害や発達障害が関係するケース
窃盗事件でも、治療的弁護のキーワードは、「被告人ごとの特性に寄り添い、その原因を見極めて、対応していくこと」です。
その原因ごとに、以下のようなことを検討しながら、対応していく必要があります。
2 窃盗罪の基本(利欲犯としての窃盗罪)
窃盗罪では、まずは、謝罪と被害弁償、示談が基本となります。
例えば、若者が「楽をして得をしたい」と思ってやってしまった万引きや、「魔がさして盗んでしまった」というケースです。
被疑者段階で、早期に被害弁償や示談をして、不起訴処分・罰金処分を求めていくべきです。
3 クレプトマニア(窃盗症)
クレプトマニア(窃盗症)というのは、万引きをやめたくてもやめられない窃盗への依存症で、精神疾患です。
例えば、お金は十分持っているのに、スーパーで、お菓子やパン、惣菜やお弁当などの万引きをくり返してしまう。
お店の人に捕まると、その場では「もう2度としません」と泣いて謝り、許してもらうのだけれど、数日後にはまたやってしまう…。このようなケースが典型です。
盗む物は人によって異なり、食料品であったり、薬局の日用品であったり、本や洋服であったりと様々です。高級品のときもあります。
摂食障害との合併が一番多いのですが、その他の精神疾患(例えば、アルコール依存、うつ病等)を併発していることもあります。
また、発達障害や知的障害などが背景にある場合もあります。
最初は不起訴処分、そのうち罰金刑になりますが、罰金処分は1、2回で、その後、公判請求(正式起訴)されるという流れをたどります。
初回の裁判では、当然のごとく執行猶予になりますが、執行猶予中にもまた万引きをしてしまい、再び裁判となります。
そして、2回目の裁判では、再度の執行猶予が認められない限り、実刑になってしまうわけです。
刑務所に行って受刑しても、それで止められるわけではなく、出所するとまた万引きをくり返してしまいます。
私が関与したケースでは、受刑開始から21年間からにわたり、7回受刑した、今回が8回目という方がおられました。
万引きをやめられない絶望から、自殺者も出てしまう深刻な問題です。
クレプトマニアの万引きは、「割に合わない」のが特徴ですが、万引き行為への本人なりの独自の意味づけやルールに固執して、社会的な意味(犯罪になること)を無視してしまう点も特徴的です。
本人が意識しているとは限らないのですが、本人なりに、万引き行為に独自の意味づけがなされていて、刑罰の制裁を科せられてもなお、マイルールを変更できないわけです。
このようなケースの場合、いくら刑罰を科しても、治療をしない限り、窃盗症が治ることはありません。
クレプトマニアについては、勾留されている場合は、保釈を得て、
① 専門病院である赤城高原ホスピタル(群馬県所在)への入院治療へとおつなぎする弁護活動を行っています。
赤城高原ホスピタルでは、グループミーティングに参加して、正直に話すことを学び、自己の内面や生い立ちを探ったり、アディクションや関連する問題について知識を深めます。
共に語る仲間の姿が、鏡のような効果を及ぼし、自分自身の気づきへとつながっていきます。
裁判では、治療の効果っていることを主張・立証して、刑罰より治療で社会復帰することを主張していくことになります。
② 「条件反射制御法」による治療を受けることも有効です。
条件反射制御法は、依存症全般に関する治療法で、クレプトマニア(窃盗症)にも効果があります。
重症化している場合などは、条件反射制御法の方が向いているときもあります。
③ SOMECによるクレプトマニアに対する月1回の認知行動療法
入院まではできない、通院でないと無理だというケースでは、月1回、SOMECで行われている心理士による認知行動療法の治療も有効です。
④ 臨床心理士による個別カウンセリング
高齢者の事案などに活用することが多いのですが、個別対応が必要なケースや、生い立ちや結婚生活などの成育歴・家族歴が関係していて、そのふり返りが必要な事案では、心理士による個別のカウンセリングを併用することもあります。
⑤ KA(クレプトマニア・アノニマス)による自助グループミーティングへの参加
各地で行われているKAのミーティングへの参加も有効です。
ご相談いただいた被告人の特性に合わせて、どの方法がよいか検討し、条件に合わせて組み合わせながら、裁判を進行させていきます。
4 認知症(前頭側頭型認知症)による窃盗
万引きを繰り返す場合、クレプトマニア以外の原因として、前頭側頭型認知症の可能性があります。
前頭側頭型認知症については、アルツハイマー型認知症に比べて発症時期が早く、早ければ40代後半くらいで発症するため、まだ、50代、60代くらいのまだお若い方であっても、認知症である可能性があるのです。
前頭側頭型認知症の場合、アルツハイマー型のような物忘れや、場所や時間がわからなくなるなどといった見当識障害の症状はあまりなく、むしろ、性格の変容や社会的に不適切な行動をとることが症状として現れます。
性格の変容というのは、従前に比べて、怒りっぽくなったり、怒った際に、物を壊したりするようになったりすることです。
場をわきまえた社会的な行動をとることができなくなり、軽微な違法行為(交通違反や万引き、軽微な性犯罪、衝動的な暴行や傷害など)をくり返すことがあります。
万引きは、まさに、この認知症の初期から中期にかけての症状なのです。
前頭側頭型認知症の人は、万引きが一般的に違法行為であることは理解できるため、捕まると言い訳はできますが、自分がどうして万引きしてしまったのかは説明できません。
反省していないように見えることが多いため、警察や検察から、「反省しているのか!」と罵倒されるように怒られて、泣いていることも多々あります。
この類型では、弁護人か家族のどちらかが、認知症の可能性に気づいて、主張・立証を試みない限り、病気に気づかれないまま、刑務所に送り込まれてしまいます。
日本は、安全な国である反面、少額の窃盗罪でも、くり返していれば刑務所に送り込まれますし、70代、80代の高齢の方でも、刑務所へ送られますので、認知症には注意が必要です。
前頭側頭型認知症のときの弁護活動としては、
① 在宅であればよいが、身体拘束されている場合は、保釈を得て、身体拘束から解放する。
② 医師の診察を受けるなどして、認知症の可能性について、医学的な資料を準備する。
③ 精神鑑定を請求して、争っていくといった活動が必要です。
高齢者の万引きで、なぜ万引きするのか疑問が残るケースや、前科もないのにある年齢から突然万引きするようになったケースなどはご相談下さい。
5 高齢者の万引き窃盗(認知症以外)
認知症ではなく、万引きをくり返してしまう高齢者はかなりおられます。
物があふれる現代では、心はかえって満たされず、物でさびしさや不満を埋めようとしたり、自分を癒そうとしてしまうのかもしれません。
原因を分析していくと、その方の生い立ちやその中で身につけた価値観、結婚生活の影響、人生の中で起こった大きな出来事、つらい出来事などの影響を受けているケースが多いように思われます。
その方の年齢や健康状態に合わせ、個別に対応していくしかないケースが多いのが特徴です。
まずは、ご相談下さい。
6 知的障害や発達障害のある方の窃盗
知的障害や発達障害のある方の場合、生きにくく、ストレスが強くかかっています。
その方の特性が周囲によく理解されず、ストレスがかかり、それを窃盗行為で解消してしまうパターンが定着してしまう面が否定できません。
障害の有無・程度を明らかにして、できること、できないことを明らかにして、過剰な負荷がかからないように、環境調整していくことが必要です。
事案に合わせ、障害の診断や認定を受けたり、福祉機関などと相談・支援策を検討しながら、環境調整をはかり、対応していきます。
大阪では、社会福祉士さんと連携して、更生支援計画を作っていくといった取り組みもなされています。