カルデモンメのゆかいなどろぼうたち ~龍谷大学響都ホールから~
今日は、京都の龍谷大学響都ホールで行われた児童劇「カルデモンメのゆかいなどろぼうたち」の観てきました。
この劇は、龍谷大学の研究プロジェクトの一環として行われたもので、木津川ダルクのメンバー達も出演しています。
カルデモンメの街で、動かなくなったロバを動かそうとする村人たち。
どうしても動かないロバに、老賢者は、ロバを荷馬車につんで人間が引いて連れて帰ればいいとアドバイス。
甘やかしすぎではないかと首をかしげながらも、飼い主は、ロバを荷台に乗せて、家に連れて帰る。
場面は移って、お腹を空かせた3人の泥棒たち。
空腹と家の汚さにうんざりしつつも、自分の好きなことしかしたくない泥棒達は、料理を作って、掃除してくれる女の人を盗んでくることにする。
ところが、盗んできた女性のソフィーエは強者だった。
自分たちは何もしないで、私の都合は考えずに、私にさせようというのね!と3人を叱り飛ばし、きちんとした言葉つかいをしろ、挨拶をしろ、料理は作ってやるけれど、湯をわかして身体を洗え、部屋の 掃除をしろとうるさい。
これは失敗したぞ!と思った泥棒たちは、「申し訳ありませんが、お引き取り下さい」と、丁重にソフィーエに申し出るが、
ソフィーエに断られる。
ソフィーエがいないことを心配して駆けつけてきた巡査たちにも、ソフィーエは、「私は怒る相手がいる方が機嫌がいいの。ここはなかなか居心地がいいし、楽しそうだから、私は帰りません。」と。
困った泥棒たちは、ソフィーエを盗み返す。(つまり、もとのところに戻した)。
相変わらず、お腹をすかせた泥棒たち。
そこで、パン屋にパンを盗みに入ることに。
しかし、パン屋と隣の肉屋に気づかれて、捕まり、逮捕される。
取調べの後、牢屋に48時間、入れられることになった泥棒たち。(日本なら、1年くらいが平均で、最短でも8月かな…。)
牢屋を見て、「ここは暖かい?」「入っている間、食べ物はもらえるの?」と聞く泥棒に、
巡査は、「建てたばかりの牢屋で君たちが最初に入る人達から、暖かいし、ふかふかの寝具もあるよ。
食べ物も、おいしい食べ物がもちろん出るさ。」と。
「じゃ、平気だよ。大丈夫だ。」と牢屋に入っていく泥棒たち。
翌日、ふかふかの寝具でぐっすり寝て、機嫌よく起きた泥棒たちに、巡査は、洗面具とシャボンを買ってきてあげようと。
顔を洗ったり、身体を洗ったりすることが嫌いで、ものぐさな泥棒たちは、真剣に「要りません。要らないんです。」と巡査を止めるが、巡査は、「最初だから、まだそろってないんだ。買ってこなくちゃ。」と行ってしまう。
そこへ巡査の妻が現れ、「来てくれてうれしいわ。おいしい朝ご飯を作るわね。でも、その前に掃除をしましょう!」と。
何だか、ここでも、ソフィーエのときと同じような展開になってきた…と、頭を抱える泥棒たち。
自分たちは、好きなことだけしていたくて、面倒なことはしたくないのに、なぜ皆、俺たちをほっておいてくれないのだろう?
しかし、ためしに顔を洗ってみると、これもなかなか悪くない。
そこへ、巡査の妻が作ってくれた、ゴージャスでおいしい朝ごはんが…。
喜んでほおばる泥棒たち。
何だか、きちんとしたここの生活も悪くないかも…。
パン屋は、泥棒達が牢屋の外に出ていることに怒るが、そこで、村の塔が火事に。
塔の上には、老賢者がかわいがっているオウムが取り残されていた。
誰か、壁をよじ登って、オウムを助けられる者はいないか。
そこで、泥棒たち3人が、オウムの救出へ向かうことになる。
塔の上では、窓からオウムが「助けてー。焼き鳥になっちゃうよー」と叫び、老賢者が塔の下でオウムを心配して、「誰か、わしの友達を助けてくれ!”」と泣き叫んでいる。
3人は塔をよじ登り、無事、オウムを救出した。
喜ぶ村人たち。
そこで、3人のリーダー格のカスペルは、巡査の任命で、村の消防隊長になることに。
巡査は、ヨーナタンにも「安心して何になりたいか言って見なさい。言えば、何とかすることができるだろう」と。
そこで、ヨーナタンは、昔からなりたかったパン屋になりたいと。
パン屋は、「パン屋になりたいのに、パンを盗んだのか!」と最初は怒るが、「自分一人で村人全員のパンを焼くのは無理だから」と、ヨーナタンを雇うことにする。
巡査は、イェスペルにも、「安心して、何になりたいのか言ってみなさい。言えば、何とかなるだろう。」と促し、イェスペルは、サーカスの団長になりたいと。
カルデモンメの街にサーカスがあってもいいなということになり、イェスペルは、ライオン(とオウムも?)を連れて、サーカスの団長になる。
村は相変わらず平和で、皆、今までとおり、幸福に暮らしたとさ。
めでたし、めでたし。
っていう感じのストーリーでした。
動かないロバを、人間が引いて連れていく「あべこべ」にも、
「それでロバを連れて帰れるのだからいいではないか」と寛容かつ賢明に対処。
自分の好きなことしかしたがらず、嫌なことから逃れようとする泥棒たちに、
十分な衣食住を与えつつ、泥棒たちが、ほっといてくれと言いたくなるくらい関わって、やるべきことを教えていく。
そして、泥棒にも、「壁をよじ登る」という特技と才能があることを積極的に認めて、活用し、
何になりたいのか聞いて、それになれるように支援をして、村人の一員として取り込んでしまう。
これがノルウェーの刑事政策ということなのでしょう。
今日、配布されたプログラムには、こんなことが書いてありました。
極東の島国日本と北欧のノルウェーは、広さは同じくらい。
漁業の盛んな国です。
しかし、こと刑事政策に関しては、この30年、別の道を歩いてきました。
日本は、悪いことをした人に対しては、その報いとして刑罰を科し、刑務所に閉じ込めて、社会から排除します。
死刑は、社会からの排斥を徹底した究極の刑罰です。
ところが、北欧の小国ノルウェーには死刑がありません。
刑務所では、犯罪や非行を犯してしまった人たちのために、徹底して、社会復帰の支援をします。
両国は、ともに世界で最も犯罪の少ない国、
それなのに、この2つの国の違いは、どこから来たのでしょう。
此の国には、1億2000万にもの人が住み、彼の国にはわずか5500万人しか人口がいないから?
此の国は、高度に発展した資本主義の大国で、彼の国は福祉国家だから?
此の国は、仇討ちの国で、彼の国はコミュニティーを大切にする国だから?
日本の大人たちは、子どもたちに「勧善懲悪」の桃太郎さんのおとぎ話を聞かせます。
ノルウェーの大人たちは、童話「カルデモンメのゆかいなどろぼうたち」のお話をして、一緒に歌います。
私たちは、次の時代を生きる子供たちに、何を手渡そうとしているのでしょうか?
うーむ、ちょっと考えさせられますね。
北風と太陽の童話のごとく、冷たい北風では旅人のコートは脱がせられない、暖かい太陽の光の勝ちってことになりそうですが、童話の結末は理解できるのに、いざ、人生で実践するとなると、違う態度をとってしまうのはどうしてなのでしょうか。
きっと、実践には、深い知性と成熟が必要なのでしょうね…。
ちなみに、今日は、座席もうまっていて、小さな子どもさんたちがたくさん来ていました。
これからも、こういう取り組みが続いていけばいいですね。