人が心を病んで犯罪を犯してしまうとき、精神科に行っているか
人が何らかの理由で精神的に追い詰められ、犯罪に至ってしまうとき、犯行当時は精神的に病んでいたと思われるのに、精神科を受診していなかったために、診断書が取れない場合があります。
心神耗弱(事理弁識能力及び行動制御能力が著しく減退していること)とまではいえないけれど、あのときは、どう見てもおかしかったよね…という感じです。
例えば、結婚するつもりでいた男性と別れ話が出て様子がおかしくなっている女性とか、病気や事故などで追い詰められて、生活苦に陥ってしまっているときなどを考えていただければ、イメージできると思います。
最近では、就職できない学生さんの自殺が増えているそうですが、新聞で「精神科の受診を勧めたが、息子は就職活動に影響が出ると考えたのか、拒否していかなかった」と書いてある記事をみかけました。
これも刑事事件ではありませんが、同じパターンにあたると思います。
こんな場合、かなり昔でもいいから精神科に通って、精神薬を処方されていてくれればまだ何とかなるのですが、精神を病むのが全く初めてだった場合、本当に何も証拠がないことになってしまいます。
あるのは、身近で見ていた家族の証言だけです。
でも、私の経験では、こういう人は性格的にとても頑張り屋さんで、それまでの人生でも、苦しいときも頑張りぬいてきた人であることが多いのです。
だから、自分が精神を病んでいるなんて考えもせず、勧めても、頑として、精神科には行こうとしません。
それに対して、刑事事件になったとき、さっと診断書が取れてしまう人というのは、確かに精神を病んではいるのは事実なのですが、かなりずるずると現実逃避していて、頑張る力が足りないな…と感じることもよくあります。
精神科は、最近は敷居が低くなり、多くの人が行くようになりましたが、やはり1回目のハードルというものはあって、初回は周囲がおかしいからともかく行くようにと勧めても、本人はなかなか行かないものなのです。
私が、今、もし何かの事件でそういうケースにあたったら、「最近は、みんな、人生1回はうつになるらしいよ。」と説得し、「ともかく精神科に行って。私の顔を立てると思って行って。お願いだから行って。」と頼み込み、その後も、「行った?行った?行ったかな??」としつこく電話するでしょうね。
それくらい、証拠の確保が重要だと思います。
しかし、結果として、診断書などの証拠がない場合でも、身近に見ている家族はおかしいと感じているわけで、そういう証言をしているわけです。
それを診断書(書面)がないというだけで、裁判では精神的に病んでいたことを認めないというのは、ちょっと現実を考えずに、書面ばかりに頼る裁判官的な発想の認定ではないでしょうか。
それまで精神科に1回も行っていない人の場合は、診断書がなくても、犯行当時、おかしかった可能性はあるのです。
人間心理や行動を熟知して配慮した、総合的な事実認定が必要だと感じたケースでした。