覚せい剤事件(自己使用)における最高の情状弁護とは? ~ある支部にて~
先日、ある地裁の支部にて、覚せい剤自己使用事件の裁判が数回にわたって開かれました。
私の事件ですから、例のごとく、保釈を得て、病院で条件反射制御法による治療を受けていただいているわけですが、
この事件では、被告人の内面的葛藤が激しく、
弁護人だけでは対処できないと判断したため、
(私は、カウンセラー的な要素ももっていて、被告人の内面の浄化は得意な方なのですが、あくまで弁護士なのであって、
心理学の専門的知識はありませんから、限界があるわけです。)、
専門の心理士さんにもかかわっていただいて、カウンセリングも受けてもらったことが画期的な試みでした。
私は、裁判を引き延ばすつもりなど全くありませんから(ただし、1回結審はしませんが…。)、
2回で結審させるつもりで、書証の証拠請求をしました。
書証は、たくさんありましたが、内容的には、通常は問題ないだろうと思われるものばかりでした。
例えば、条件反射制御法の治療方法を説明した論文的な書面や、
薬物依存回復支援団体であるNPO法人アパリの支援を受けるための契約書、
精神科医が作成した医匠や、
心理士さんに作成してもらったカウンセリングの内容と今後必要な治療を書いた治療計画書、
被告人が取得した資格の証明書、
家族の上申書
本人の反省文といった類いです。
しかし、検察官の証拠意見は、「全部不同意」!
この間、大阪弁護士会の刑弁委員会の合宿で、
昔、証拠開示をしない検察官に対して、ある先輩の弁護士が、法廷で、
「国家権力の提出するものは、全て不同意!!」と言って、戸籍謄本にまで不同意を出したという話が出て、
とても面白かったのですが、まるでその逆バージョンかと思うような形でした。
電話でその趣旨を問うと、執行猶予中の再犯であった本件では、
刑務所での矯正教育こそ必要なのであって、治療などは全く必要ない(若しくは、受刑後でいいと言ったか…、ちょっと覚えていません)と考えているとのこと。
声は、まだ比較的若そうな女性の声…。
にもかかわらず、化石時代のような典型的な考え方に、私は非常に驚き、怒るとともに、
大阪では研修などもして、覚せい剤犯への治療を広めていこうと努力しているけれども、
他の場所ではまだまだこういう化石時代のような考え方の方が主流なんだな…と、ある意味、感心もしました。
検察官は、最終的には、被告人の反省文と資格証明書だけは同意しましたが、
あとは、やっぱり「全部不同意」!
裁判官が、家族の上申書も不同意なのですか?と聞くと、
「そういうものこそ信用できないので、不同意である。」とのご意見でした。(敵ながら、あっぱれ!)
私は、「何を!」と腹を立て、
弁護側は、書証に不同意を出されたら、どうせ、医師や心理士など専門家証人なんて呼べないだろうとなめてかかっているな、
うちの証人は、全員、法廷に呼べるんだ!とばかりに、「全部、証人請求します」と応戦しました。
検察官は、「必要性なし」などの意見を出していましたが、結果的には、
精神科医、心理士、アパリ(薬物依存回復支援団体)親族2名が、証人として採用され、
全員、法廷で証言することになりました。
しかし、結果的に、これがなかなか良かった!
現時点での覚せい剤自己使用事案に対する最高の治療と弁護(覚醒剤使用の原因を究明して、抜本的に対処するという意味で…)だったのではないかという面白い裁判になりました。
検察官は、確かに、「そこまでやるか?」というくらい不同意意見を出しましたが、
内容がわからず、納得できないから不同意を出しているのであって、
(この治療法はまだ世間に周知されていないため、得体が知れない、信用できないと思われること自体は仕方がないのです。)、
主尋問を聞き、反対尋問をして、納得できれば、(検察官としての立場があるため、一定の限界はあるでしょうが…)、
ちゃんと理解してくれる人なのではないかという印象でした。
それは、私だけではなく、被告人や家族もそう感じたようで、
彼女は、意外にも、被告人や家族たちにも非常に好評でした。
質問力もなかなか素晴らしく、私などは、それなりに治療法を理解しているために、
「何がわからないのかがわからない」という状態に陥ってしまっているのですが、
彼女は、実に、根ほり葉ほり、様々な疑問を聞いてくるので、
かえって専門家証人たちがもつ知見や、家族の思いや、被告人の抱える葛藤が、弁護人の質問以上に浮き彫りにされて、
良く理解できたように思います。
(ちなみに、うちの証人たちは、皆、本物ですから、根ほり葉ほり聞かれようが全く大丈夫!
全部答えられるので、質問されること自体は全然かまわなかったのでした)。
裁判官も、心理士さんなどの専門家証人に対して、
普段法曹が事件を扱う中で、疑問に思いながら、なかなか理解できないことを、「ここぞ!」とばかりに質問しておられました。
例えば、
・被告人と同じような心の葛藤をかかえている人でも、法律で禁止されていることには出ない人とそれを乗り越えてしまう人の違いは何でしょうか、とか、
・子供のころの影響を受けていたとしても、20歳を過ぎれば自分の力で変わっていくべきと思われるが、20歳を過ぎて、一定の期間がたっている中、被告人の人間としてのありようはどう感じられるか、とか、
・前刑で執行猶予判決を受けたときに、執行猶予中に再犯すれば刑務所だと注意を受けているのに、なぜ短期間で再犯をしてしまうのか、カウンセリングをされている立場から、何かお考えはありますか…、
などです。
言われてみれば、どの質問も、我々法曹関係者が、日々事件に接していて、なぜなんだろう?と疑問に感じる根本的な質問ばかりです。
(尋問中、おおー、そういうことを聞くか!と感心してしまいました)。
この興味深い質問に対して、心理士の答えも、法曹とは異なった視点からの心理学的な見地からの答えがされて、非常に勉強になりました。
(ちなみに、心理士と精神科医の証言は、要旨ではなく、速記となりました)。
薬物の依存性と被告人が成育歴から抱えてしまった内面的葛藤(これらが薬物使用の背景になっている)のメカニズムを明らかにし、
薬物使用の原因に対して、適切な治療を提供し、被告人に回復と社会復帰の希望を与えた、その上で、
社会と自分の行為に対する責任感をもつようにと促した今回の情状弁護は、
覚せい剤使用事案に対する弁護という点では、現時点では、最高レベルだったのではないかと思います。
弁護側は、治療と再犯防止体制作りは、きちんとやっていたわけですが、
それが法廷で明らかにされ、より深められていったのは、
あの女性検事が、すべての書証に不同意を出してくれ、裁判官が、証人たちを採用して話を聞いてくれたおかげだと思います。
まだ判決結果はわかりませんが、どんな結果が出ようと、それはやむを得ないことだと思います。
被告人は、保釈によって、治療の機会をもらい(裁判所にも家族にも、自分を大切に扱ってもらったと感じている)、
このプロセスを経てもらったことに十分納得していると思います。
この刑事裁判を契機にして、彼は、きっと立ち直ってくれるでしょう。
スケジュールは少しタイトでしたが、なかなか面白い充実した刑事裁判でした。