思い出す言葉 ~北九州医療刑務所長の言葉~

昨日、一昨日と、一部執行猶予制度に関する協議会のことをブログに書きました。

 

 

 

 

 

 

その中で、執行猶予中の再犯のケースでは、たった4か月の期間を執行猶予にするために、

保護観察期間を2年も付されては、全然メリットを感じない、むしろ、保安処分のように感じるとを書きました。

 

その際、ふと思い出したのは、4年前くらいのことでしょうか、

日弁連人権擁護委員会の毎年恒例の刑務所見学で訪れた、北九州医療刑務所長の言葉です。

 

北九州医療刑務所長は、精神障がい者のための医療刑務所ですが、

当時の所長は、官僚出身者ではなく、精神科医でした。

精神疾患のある難しい受刑者を相手に、柔らかい、柔軟な処遇を実施するには、堅牢な設備と警備が必要だと話しておられたのが印象的でしたが、

その話の途中、所長が、覚せい剤犯について思うことを述べられたのです。

 

 

精神科医である所長は、初犯時は、何もせず執行猶予にしておいて、再犯すると、いきなり3年間も刑務所に入れて、社会から隔絶することはおかしいと思う、

例えば、おじいちゃん、おばあちゃんなどの老人が、骨折したり、病気になった場合を考えても、もしいきなり3年間も入院させてしまったら、

おじいちゃん、おばあちゃんが使っていた部屋は、孫が使うようになり、いざ退院となったときは、部屋がなくなる。

家族は、おじいちゃん、おばあちゃんがいない生活を築きあげてしまう。

 

それと同じで、初犯のときは、何の手当てもせずに、再犯したら、いきなり3年間も受刑させるのでは、帰る場所がなくなるのは当たり前だ。

そんなことをするくらいなら、初犯のときから、執行猶予などにせず、すぐ実刑にしてしまえばいいのだ、と言っておられたのでした。

 

初犯時から実刑にすべきかどうかはともかく、いきなり3年も社会から隔離してしまったら、

その人は、家庭の中でも、社会の中でも、居場所を失う、

その人がいない生活が作り上げられてしまうのだ、…というお話は、なるほど…と、共感するところがありました。

 

薬物犯などの比較的軽微な犯罪者の更生のために重要なことは、

社会から隔絶してしまう期間をいかに短縮して、

社会内で立ち直っていくために必要な支援を与えるかということだと思います。

 

刑務所に入れておいたところで、治らないことはわかっているのに、延々と長期にわたって受刑させるのはどうしてなのか?

 

実は、人を1年間、受刑させるだけで、(正確な額は忘れましたが)、約250万円前後のコストがかかっているのです。

衣食住のための費用ではなく、ほとんどが、戒護にかかる人件費ですが…。

自由というのは、人間の基本的な権利であり、自然な状態なのであって、それを奪うためには、こんなにもコストがかかるというわけです。

 

であれば、もう少しお金の使い方を考えて、社会内で過ごさせる期間を思い切って長くして、受刑期間は短くし、

浮いたコストを、もっと有益なことに使ってはどうでしょうか。

 

 

私が本気でやればいいのにな…と思っていることは、

腕のいい心理士による、全ての薬物犯のカウンセリングの実施です。

 

全ての薬物犯について、1回90分のカウンセリングを3回実施して、その人が「なぜ薬物に依存しているのか」について、

依存の原因を探ってしまうのです。

(私の所に来て下さった依頼者には、出来る限り、カウンセリングに行ってもらい、だいたい3回で、原因を分析してもらっています)。

1回1万5000円+税で、約5万円弱。

それに、分析結果を記載した報告書を書いてもらい、費用は、3万円+税なので、

合計10万円以下で、依存している原因が判明し、

回復と更生に向かって、目指すべき方向性がだいたいわかるというわけです。

 

これは、まだ使用歴が浅く、症状がそれほど重くない人には、非常に大きな功を奏します。

(逆にいえば、覚せい剤精神病を発症してしまっているような重症者には、あまり効果がないかもしれませんね)。

 

依存原因もわからないまま、トンチンカンな方向にむかって走り出して、対処が長引いた結果、

のちのちかかってくるコストや、そのために生じる損失を考えれば、

初期の段階で、カウンセリングに投資する方が、断然お安いというものです。

 

どうすれば、より効率よく、コストパフォーマンスもよく、目的(回復と更生。それが結果として社会防衛につながる)を達成できるのか?という視点は重要だと思います。

飴と鞭を上手につかいわけ、よく頑張ったものには、褒美を与える。

そういうことは、大昔から、例えば、大阪なら、豊臣秀吉が大阪城を建築するときなどにも行ってきたのです。

 

一部執行猶予制度だって、思い切って、大幅に執行猶予期間を大きくして、ご褒美としてうまく活用すればいいものを、

(みんな必死で工夫して頑張りますよ)、

「刑を重くするものでも、軽くするものでもない」とか、「中間刑ではない」とか、理屈ばかりこねまわして、現実を無視するのは、くそ真面目にすぎるような気がします。

 

最終的な目的は、再犯防止、更生でしょう?

 

更生は、有罪判決の言い渡しや懲役刑と違って、強制はできないのです。

本人の自発的な意思が伴わないとダメなのです。

馬を水際まで連れていくことはできても、水を飲ませることはできない、というあれです。

 

だったら、もう少し工夫して、柔軟に対処すればいいものを、

いつまでこんなことを続けるのかしら?と思いながら、

ふと、北九州医療刑務所の所長の言葉を思い出したので、書いてみました。

 

 

一部執行猶予制度に関する協議会 ~具体的なケースで考えてみました~

昨日の続きで、一部執行猶予制度の話ですが、典型的な覚せい剤事犯の事例で、

私だったら、具体的にどんなケースについて、一部執行猶予を主張するだろうか…と考えてみました。

 

 

 

 

 

1 完全な初犯(今後は、すべて、単純使用+所持を前提にします)

→ これは、今までどおり、全部執行猶予ですから、特に変化なし。

 

2 昨日、例として取り上げた、執行猶予中の再犯のケース

① 前刑として、懲役1年6月、執行猶予3年が言い渡されていて、

② その執行猶予期間中に、再犯したケース。

 

昨日の話では、②の量刑は、仮に、懲役1年6月とした場合、そのうち、4月の刑について、その刑の執行を2年間猶予する(保護観察付)わけですから、

結局、2年8月の間、刑務所に行かねばならず、残り4月を外に出してもらうために、2年間保護観察がつくことになります。

 

このケースでは、弁護人からは、一部執行猶予は求めないと思います。

結局、2年8月もの間、刑務所に行かないといけないわけですから、社会と長期にわたって隔絶されてしまうことになり、

社会へ戻ったとき、どんな状態におかれるか、どんなストレスがかかるかわかりません。

仕事もないし、人間関係も変わってしまいますから…。

社会情勢だって変わっているときがあります。

例えば、受刑を開始したときは、スマホなんてなかったのに、戻ってきてみたら、皆、スマホを持っていて、画面をのぞきこんでいた…なんてこともあるわけです。

予測がつかないわけです。

 

実刑部分に対する仮釈放は従来どおりに行われるのですから、優良な人であれば、それなりに長期の仮釈放がもらえる可能性がありますし、

6か月以上の仮釈放がもらえる人は、保護観察での特別遵守事項として、薬物プログラムも受けられますから、

被告人と話し合った結果、一部執行猶予ではなく、そちらを目指した方がよいのではないか、

という結論に達する人が多いような気がします。

 

更生にとっては、社会から完全に隔絶されてしまうのか、隔絶されないで継続性を保てるかが、重要な分岐点なのであって、

2年8月も受刑した後で、たった4か月の執行猶予をもらったって、意味があるとは思えないという印象です。

 

それに、保護観察所での薬物離脱プログラムというのは、スマープによるプログラム(コア・プログラムという)を2週間ごとに5回受けて、

あとは、1カ月に1回、集団講義でフォローアップを行って、スマープの復讐をするだけですから、

これを受講したからといって、薬物依存症が「治る」と考えるのは、認識が甘すぎるだろうと思います。

 

保護観察所でのプログラムは、性犯罪なども含めてすべてそうなのですが、

本音で話すことはできません。

 

当たり前ですよね。相手が監督者で、生殺与奪の権利を持っているのだから。

 

例えば、私の依頼者は、「今日、ほんとはすごく嫌なことがあって、覚せい剤を買いに走りたくなったけど、

NAへ行って、皆に報告するから我慢しようと思って、何とかここに来たんです。」という話を、NAでしていましたが、

これを保護観察所でできますか?

出来ないでしょう?

 

性犯罪でも同じです。

昨日、上司とうまくいかないことがあって、辛くて、

さっき、女性とすれ違ったとき、一瞬興奮して、露出したくなったんだけど、

ミーティングで話したことを思い出して、我慢してやり過ごしました、

という話は、民間の治療機関のグループミーティングの中では言えますが、

保護観察官相手に言えるわけがありません。

言いませんよね。

だって、この人は再犯のおそれがあって危険な人物だと思われてしまうわけですから…。

 

さらに、保護観察所のプログラムでは、(保護観察官を悪く言うつもりはなく、頑張って下っているとは思うのですが、)

その個人の「特性」「個性」や、「依存原因」に対応した、個別性に深く踏み込んだ対処はできません。

これは、制度的、組織的な、立場上の限界なのです。

 

 

そんな中で、長期受刑の後に、さらに2年間も形式的な保護観察を受け続けるのは、かえって社会復帰の負担になるのではないかと思います。

(仕事が軌道に乗ったら乗ったで、保護観察所に行ったり、保護司に会いに行くことは、かなりの負担になります)。

 

また、1回でもスリップしたことがばれれば、即、通報です。

再犯で、4か月の執行猶予期間を取り消されて、

新しい罪についても裁判を受けて、刑罰を科されるのですから、

メリットに対して、デメリットの方が大きすぎて、一部執行猶予制度を利用する気持ちは、普通は、なかなかわいてこないように思います。

 

 

 

3 では、①の前刑の執行猶予期間を無事満了したケースはどうか?

例えば、3年間の執行猶予期間は満了したのだけれど、前の判決から、6年、7目年の頃に再犯して、捕まってしまったというようなケースです。

 

薬物犯では、前刑の判決から、約8年から10年くらいが経過していれば、再び執行猶予がつけられるとされています。

8年という人がいたり、10年という人がいたりして、はっきり区切りの年数が決まっているわけではないのですが、

弁護士としても、8年くらいが経過していれば、執行猶予になるだろうと考えます。

 

逆にいうと、上述の、6年、7年の人は、実刑になっているのです。(私は、あまり合理性がないと思っています)。

このケースでは、だいたい、量刑は、1年6月なのですが、前刑の取り消しの問題は出てきません。

とすると、一部執行猶予の適用があれば、

今回の刑である懲役1年6月のうち、4か月が執行猶予になり、受刑期間は1年2月になるわけですね。

このケースでは、保護観察期間の2年を付されても、早く出たいし、社会復帰したいから、一部執行猶予を望むという人が出てくるのではないかという気がします。

 

前刑の執行猶予期間は満了しているので、

(実際の使用開始がいつごろだったかや、使用態様という問題はあるとしても)、

結構、優良な人も多く、保護観察に適合するケースも多いようにと思います。

 

できれば、勾留を継続するのではなく、

(結果的に、執行猶予期間は満了していても、薬物を再使用しているわけですから、甘く見るのは禁物です)、

保釈して、その人の依存原因を分析し、治療的な対処も施した上であれば、

2年の保護観察をつけても、十分耐えられる見込みがあり、

全体の刑期が短いため、執行猶予期間が4か月であっても、2のケースに比べて、相対的に刑が短くなる効果は高くなり、

一部であっても執行猶予になることのメリットは高くなります。

 

出来れば、一部執行猶予といわず、全部執行猶予にすればよいのではないかと思いますが、

この類型からであれば、一部執行猶予希望者、適合者が出るのではないかと思っています。

 

4 最後に、累犯者ですね。

先ほどの3番は、再犯しているものの、受刑については、初入者であるのに対して、こちらは、既に受刑経験がある方になります。

受刑経験はあるけれど、5年以内に再犯してしまい、人によっては、刑務所が、2度目、3度目、4度目になっているというようなケースです。

 

このケースでは、原則としては、わずかな執行猶予期間のために、長期の保護観察期間を付けられ、監視下におかれるのは危険だと思います。

まるで、メビウスの輪のように、刑務所 → 社会へ出て、保護観察 → 再犯 → 刑務所のように、表が裏となり、裏が表となって、永遠にループから抜けられない危険も出てきてしまうのではないでしょうか。

 

しかし、本当に一部の人ではないかとは思いますが、希望する人、適合する人も出るようにも思います。

 

例えば、私の依頼者であれば、HPにあげている光さんですね。

彼は累犯でしたが、今回は保釈を得て、治療を受けて、本人も強く回復を希望しており、親族があげてそれを支援して、奥さんも全面的に彼を支えていました。

子どもが生まれたことで、光さんは、本気でした。

 

光さんが、「一部執行猶予で、長期の保護観察がついてもいいから、1日も早く妻と子どものため、社会に戻って働きたい」と希望したなら、私は止めなかったでしょうし、実際、うまくいったのではないかと思います。

つまり、そういう成功すると思われる例もあるが、それにはそれなりの根拠なり、刑事裁判中の取り組みと支援体制があるのであって、

ただ漫然と、受刑期間が少しでも短くなるなら、一部執行猶予でお願いします!というのは、非常に危険な判断だと思います。

 

 

あと、もう一つ、このブログを公開した後で、思いついたので書き加えます。

累犯でも一部執行猶予を主張する可能性が高いケースは、

既に、現時点で、メビウスの輪の中に入っていることが明白で、

次に出てきたときに更生できずに再犯したら、この人は覚せい剤精神病を発症して、一生、廃人にになってしまうか、

いずれは死んでしまうだろな…、

(かっては、本人が底つきするまで、支援は無理だと介入せずにいたら、結局死んでしまうケースも多かったようです)、

この人がまっとうな人生を送るためには、今回が最後のチャンスだ…、と感じるようなケースです。

 

このような事案で、現時点で、誰か支援してくれる人がいるならば、まずは、本人を説得し、保釈して治療に乗せることを目指します。

 

そして、保釈中に、治療や社会復帰への道筋をきっちり整え、

執行猶予になったとき、どこに帰住するのか、どんな施設でどんな生活を送るのかについても、十分環境を整えた上で、

一部執行猶予を主張するケースです。

 

この場合は、ほっておくと、再犯してしまい、一生廃人になってしまうことが目に見えているから、

何とかしてそれを防ぎ、薬物から人生を取り戻すために、

まさに、長期の保護観察を受けることで、クリーンな生活を維持することを目的に一部執行猶予を利用するケースです。

 

このケースは、とても有効なのではないかと思いますが、

刑事裁判中の治療と更生への道筋作りがとても重要だと思います。

 

あくまで典型的な事例を想定して考えてみましたが、

実際は、被告人ごとに、過去の前科などにもバリエーションがありますし、個性がありますから、

最後は、被告人と話し合い、被告人の意思と希望を尊重しながら、最適な方法を模索することになるのでしょう。

 

さて、どうなりますやら。

では、今日はこのへんで。

 

 

 

 

一部執行猶予制度等に関する協議会 ~大阪地裁で~

今日は、大阪地裁で開かれた「一部執行猶予制度等に関する関係機関との連絡協議会」に参加してきました。

 

 

 

 

 

 

出席機関は、大阪地裁・大阪簡裁、大阪地検、大阪保護観察所、(各堺支部も含め)、大阪弁護士会、法テラス大阪、オブザーバーとして、大阪高裁でした。

大阪弁護士会からは、7名の弁護士が参加。

参加することになったときは、もっとこじんまりした会議かと思っていましたが、

大阪地裁の大会議室を使用しての、かなり大がかりな協議会でした。

 

会議のポイントを簡単にまとめると、以下のような感じでした。

 

元々は、過剰収容問題に付随して出てきた法案だったが、過剰収容は収束していく中で、切り離されていった。

制度趣旨としては、施設内処遇(刑務所での受刑)と社会内処遇(保護観察)の連携による再犯防止、つまり、特別予防である。

今までの全部実刑では、仮釈放期間が数か月と短いことが多く、

(刑期の少なくとも7割以上が執行されないと仮釈放にならないため、仮釈放期間は、例えば、2、3か月など、短い期間になることが多かった)、

社会に戻ってからの保護観察の期間が短かすぎて、再犯防止がうまく機能しなかった。

そこで、社会内での保護観察の期間を長くして、再犯を防止するための有効な措置として設けられた制度が、一部執行猶予制度である。

 

従来よりも、刑を重くするものでもなければ、軽くするものでもない。

つまり、従前、全部執行猶予だった人を一部執行猶予にして、重くするものではない。

また、逆に、刑を軽くするものでもない。

 

言い換えれば、全部実刑と全部執行の間をとった、「中間刑」ではなく、

あくまで、その人が再犯してしまうのを防ぐための(特別予防)「実刑のバリエーションの1つ」だ。

 

判断枠組みとしては、

まず、①実刑か、②全部執行猶予かを判断する。

②の全部執行猶予に相当するなら、全部執行猶予判決となって、一部執行猶予は問題にならない。

 

①の「実刑」の中で、懲役3年以下の場合に、

「再犯を防止するための、(一部執行猶予とする)必要性と相当性」という要件の判断をする。

 

ア 再犯のおそれがあること (しかし、これは、一部執行猶予の対象となるケースは、前科の存在や犯行態様などからして、「再犯のおそれ」は、ほとんどあることになろう)

 

イ 再犯防止のための社会内処遇があること

(主に、保護観察所の薬物離脱プログラムが考えられているようだが、その他、ダルク等の社会復帰施設や、治療のための別の方法などもあるだろう)

 

ウ それに、被告人がきちんとそれに乗るのか、社会内処遇に実効性があるといえるのか、が問題となる。

(保護観察に付する以上は、保護観察になじむ人でないといえない etc)

何となくきちんとやるんじゃないの?というだけでは足りず、効果を上げる社会内処遇とは?という視点が必要。

 

ということらしいです。                     

 

 

 

で、結局、具体的には、刑期のうち、どれくらいの期間が執行猶予になって、どれくらいの執行猶予期間(保護観察付)がつくのですか?と聞くと、

例えば、典型的な「覚せい剤の執行猶予中の再犯」を例にとると、

 

①初犯(単純所持+使用)の標準の量刑は(金太郎飴コース)、懲役1年6月、執行猶予3年、

②そこで、「薬物依存症」なわけですから、執行猶予中にまた再犯しちゃった!となったときは、

単純な使用+所持だけなら、検察官の求刑は、懲役2年、で、判決は、懲役1年6月、が標準です。

 

ちょっとかわいそうな事例とか、真面目そうな人だと、懲役1年4月くらいになって、

保釈+治療に取り組んだ事例では、懲役1年2月まで下がっていました。

しかし、懲役1年までは下がらず、再度の執行猶予にはならない、といった状況にありました。

(再度の執行猶予が出たこともありましたが、控訴審でひっくり返されてしまいました)。

 

このケースで、一部執行猶予になった場合は、どれくらいの量刑になるのですか?と聞くと、

「刑を重くはしないが、軽くしてもいけない」、「あくまで実刑の中のバリエーションの1つ」であるため、

②の再犯部分の実刑1年6月のうち、2割程度、つまり、3、4か月が執行猶予になり、

その執行猶予期間としては、だいたい2年間くらいが想定されているというのです。

(もちろん、懲役刑が長くなれば、執行猶予期間もだんだん長くなります)。

 

つまり、結局、①の前刑である執行猶予を取り消された上、

②の懲役1年6月程度のうち、懲役1年2月程度は実刑で服役せねばならず、残りのたった3、4か月程度を執行猶予にしてもらうために、保護観察を2年も付けられるというわけです。

 

私は、即座に、「それなら、要りません。」と言ってしまいました。

 

弁護活動では、あくまで本人の意思と希望を尊重するが、弁護人としては、「執行猶予期間がたった3、4か月程度なら、満期の方がいいんじゃないかと思う。」と言うと思う。

一部執行猶予をつけられないようにするために、被告人質問で、

「全部執行猶予にしてほしいが、それがダメなら、一部執行猶予にはしてほしくありません」と言わせるかもしれません、

と意見を述べました。

 

検察官からも、仮に、一部執行猶予判決が出たとして、弁護側からだけ控訴されたときに、

高裁は、一審判決を破棄して、全部実刑に出来るのですか?という質問が出ていました。

 

控訴審では、被告人側からしか控訴されていなければ、一審判決以上に量刑を重くして、不利益変更することはできませんが、

「一部執行猶予」と「全部実刑」では、どちらが重くて、どちらが軽いのかよくわかりません。

 

一部でも執行猶予になっている以上、一部執行猶予の方が軽くて、全部実刑の方が重いということになれば、

弁護側が控訴しても、(わずかな執行猶予期間のために、長期の保護観察に付せられるのは、保安処分的で嫌だ。全部実刑より、重いではないかと感じるから)、

不利益変更はできない、量刑不当にはあたらないとされてしまう可能性すらあるというのです。

 

となると、勝手に一部執行猶予にされないようにするためには、

被告人質問で「一部執行猶予は嫌です」と言っておかないと、

判決が出てしまってからでは、控訴も出来ないかもしれないではないですか。

 

しかし、そんなことを言うと、再犯することを予定しているようで、「反省していない」とされるのでは?

という意見も出ていましたが、

薬物やクレプトマニアなど、嗜癖系の犯罪は、回復過程でどうしてもスリップの問題が出てきます。

 

ちょっとスリップしても、きちんと治療や自助グループにつながっていれば、そのまま崩れずに、すぐ体制を立て直して戻ってくることが出来るのですが、

保護観察所では、たった1回のスリップでも、発覚すれば、通報され、執行猶予は取り消されて、

そこへ、新しい罪もかぶさって再犯となってしまいます。

 

スリップを一切許さない回復などありえず、それでは、回復者はほとんどいなくなってしまいます。

疾病の症状や、現実の回復過程を無視した、理想論だけの話は、保安処分以外の何ものでもないのではないでしょうか。

「反省がない」などという問題ではないと思います。

むしろ、「反省していて、嗜癖や依存症からの回復の困難さをしっかり理解しているからこそ、一部執行猶予を拒否している」というべきです。

 

もちろん、S弁護士が意見を述べておられたように、

「被告人本人が、一部執行猶予制度のデメリットも十分理解した上で、本心に希望する」なら、

弁護人らは、皆、そのための弁護活動と弁論を行いますが、

こんな過酷な「いばらの道」を希望する人は、ほとんどいないだろうというのが、弁護士らの一致した意見でした。

 

裁判所としては、もう少し、弁護士らが一部執行猶予を希望する意見を出すのではないかと思っておられたようですが、

出席した弁護士7名は、いっせいに否定的な意見を述べ、「弁護人からは、一部執行猶予は求めない」と述べていて、

裁判所としては、少し戸惑っておられたようでした。

 

最後は、検察官の方から、3、4か月程度しか執行猶予にならないなら、保護観察は嫌だ、なんて、けしからんじゃないか、

本当に更生する気があるなら、少しでも早く出てきて、更生したいと思うはずだ、

というような意見が出ていられましたが、

「そんなきれいごとで、更生なんかできるか!」という気分でした。

 

そもそも論をいえば、刑務所に行かせてしまうこと自体が、更生の妨げとなるのであって、

実刑部分が、2、3か月とか、どんなに長くても、6か月以内程度で、グっと圧縮されていれば、

(つまり、社会から断絶されずに、すぐ社会へ戻ってくるのなら)、

一部執行猶予制度には大きな意味がありますが、上記のような内容では、保安処分以外の何物でもありません。

 

こりゃ、あかんわ…というのが、率直な感想でした。

 

私としては、従前から述べていたように、保釈を活用して、治療なり、カウンセリングなり、ダルクのような社会復帰施設なり、

個別の依存原因に対応した対処法にきちんとつないだ上で、

本人が努力して回復をめざし、親族もそれを支援して、社会復帰体制が整っている人や、

仮に、お金の問題などから、現時点での保釈や治療は出来なくても、本人の経歴や資質等からみて、保護観察によることで十分社会復帰が見込める人(たまにですが、こういう人もいるのです)に限定して、

かなり人を厳選した上で、一部執行猶予とする代わりに、

実刑部分は上記のように大きく減らし、最大でも6か月以内にして、執行猶予期間を長くすれば良いと思います。

 

そうすれば、被告人が社会から断絶されずに、社会復帰できるとともに、

きちんと頑張る優秀な人には、「ご褒美がある」、「努力は報われるのだ」という流れが出来て、

そんな成功事例があるなら、自分もやりたい、家族としても支援したいという人が次々と現れ、

薬物犯の更生を大きく促進する起爆罪になる可能性もあると思っています。

 

でも、今日の協議会の内容では、……、ダメでしょうね。期待薄。

ああ、もう、仕方がない。

今までどおり、再度の執行猶予をめざし、ダメでも、全部実刑で刑期を短くすることを目指した方がよさそうです。

 

取り急ぎ、ご報告でした。

 

熊本刑務所見学記 ~日弁連人権擁護委員会から~

新年から2つ、裁判員裁判事件の公判を立て続けに行っているうちに、ブログもアップしないまま、

もう2月末になってしまいました。

 

 

 

 

 

今年こそは、もっと文章を短くして、こまめにアップしようと思っていたのに…。

今年は、禅の心にならい、「減らす」をテーマに、仕事でも生活面でも、健康的な生活を送りたいな…と思っています。

 

それはともかく、今年の日弁連人権擁護委員会の刑務所見学は、2月19日に「熊本刑務所」に行ってきました。

一昨年に旭川刑務所、昨年は岐阜刑務所と、LB級(犯罪傾向の進んだ、刑期10年以上の受刑者を収容する刑事施設)が続いた流れで、九州のLB級である、熊本刑務所を訪問させていただくことになりました。

 

 

裁判員裁判が終わって、フラフラのまま、さくらに乗って、JR熊本駅へ。

(さくらは、4列シートで快適ですよね。少し早めに予約したので、ギリギリ8号車の指定席が取れました)。

 

   

 

街には、至るところにくまモンが。

チャーターバスで約30分で、熊本刑務所に着きました。

 

   

 

熊本刑務所は、九州管区で唯一のLB級施設で、

無期が約25%、LB(刑期10年以上)が約55%で、合計80%以上を占めます。

罪名でいえば、殺人、強盗致死傷系、強姦系だけで、およそ70%。

最高齢者は、無期刑の方で、なんと93歳!

病気で入退院を繰り返しておられるようですが、そんな状態でも、仮釈放には検察官が反対するそうです。

無期刑の仮釈放は、この5年で、2名出たそうです。(少ないが、全国的に少ないので、仕方がない)。

 

長期受刑者ばかりの施設なわけですが、施設見学中にみかける受刑者の方々も、髪が白い人が多く、高齢の方が目立ちました。

介護の問題が出てきますが、ベッドなどの物理的なものは、予算がつけば導入できるものの、マンパワーが足りない、

受刑者の中に介護係はいるものの、休みや夜間となれば、職員が対応せねばならず、介護の知識も不足していると言っておられました。

常勤医は去年はいなかったが、今年は1人、消化器系の医師に来ていただけたそうです。

 

建物は古い感じで、保護室は新しいものが3つありましたが、静音室はありませんでした。

監視カメラのついた部屋が7つあり、病状や自殺などの処遇保安上、動静確認の必要性がある人、他害粗暴性のある人、逃走可能性がある人など、綿密に動静を見なければならない人が出たときに入れるそうです。

 

 

居室や工場だけまわり、雰囲気だけ見ていると、大阪刑務所などの方がピリピリした感じがするのですが、

無期刑が多数いる岐阜刑務所も、表面的には、そんなにピリピリした感じは伝わってきませんでした。

 

しかし、遠くから響いてくる、イチニ―、イチニ―、という軍隊行進の掛け声は、なかなかのものですし、、

(他府県でも、人権委員会からの勧告が出ていますけど、続いているようです)、

作業中の方々は、我々が通るときには必ず壁の方を向いて、背を向けられます。

他の施設では、普通に作業を続けているので、実際は、けっこう規律が厳しいのかもしれません。

 

建物が古いので、建物が一続きで、工場が続いていますが、反目などの問題もあり、

他の工場は通らず、回り道をするそうです。

居室や工場、運動場などを見せていただき、約2時間の見学を終えました。

熊本刑務所の方々、どうもありがとうございました。

 

最後に、矯正物品の販売店で、くまモンのメモパッドを買いました。

中がシンプルで、書くスペースも大きいので、これなら事務所で使えそうです。

 

この週は、頭に、裁判員裁判の公判があって、疲労がたまって、フラフラの状態でしたが、

何とか今年の刑務所見学を終えました。

これからも、毎年、地道に、各刑事施設を回りたいです。

こういう機会がないとなかなか行けませんから…。

 

翌日は、午前中は雨だったのですが、昼前には雨があがり、せっかくここまで来たのだからと、熊本城見学に。

苔むした感じの城壁や、同じく苔むしながら、整った樹木が静謐な感じで、いいお城でした。

 

   

   

 

では、今日はこのへんで…。

(今年は短くてもいいから、しっかり更新!を目指したいものです)。

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