よりそい弁護士制度研修での発表@兵庫県弁護士会
先日、3月18日に、兵庫県弁護士会で、第6回よりそい弁護士制度研修の講師として、私が担当した事件を2例発表させていただく機会を得ました。
1件目は、ホームページでもご紹介しているチェリーブロッサムさんのケースで、「クレプトマニア(病的窃盗症)により、21年間再犯の連鎖を繰り返した事例」です。
2件目は、先月2月に大阪地裁で裁判員裁判があった「虐待の影響を受けた嘱託殺人事件」のケースを発表させていただきました。
このケースは、殺人罪で起訴され、検察官の求刑は懲役15年でしたが、先月2月に裁判員裁判が行われた結果、嘱託殺人罪が認められ、懲役5年6月、未決算入240日となった事案です。
あまり大きくは取り上げられませんでしたが、嘱託殺人が認められるのは珍しいので、ニュースにもなりました。
虐待のケースは、まだ件数が少なく、どんなよりそい活動ができるかまとまっていませんが、若年の被告人も多くいると思います。
このケースの被告人もまだ29歳と比較的若年で、暴力をそのまま引き継いでいる粗暴なタイプではありませんでした。
むしろ、お母さん思いの人なつこい性格で、手先は器用、パソコンや機械操作が得意で、支援次第で更生できる見込みを感じる人でした。
このケースを通じて、虐待のケースの中には、よりそい活動に適している事例も多々あるのではないかと感じたので、事例報告をさせていただきました。
まず、1例目の35歳から56歳の現在まで、21年間、再犯の連鎖を繰り返しているクレプトマニアの女性のケースですが、こちらは、ホームページを見ていただければわかるとおり、もはや家庭は崩壊し、家族には被告人を支える力はありませんでした。
かといって、まだ56歳の被告人は、高齢者(65歳以上)には該当せず、知的障害者にも、精神障害者にも該当しません。
理解と支援が得にくい中、「どうすれば、次回の出所時に、公的支援だけで立ち直れるのか」を検討した結果、次回の出所時には、弁護士による「よりそい活動が必要」という結論になったため、その経緯や理由を発表させていただいた次第です。
内容をかいつまんでお話すると、
事案の詳細は、ホームページをご覧いただくとして、
チェリーブロッサムさんの今回の出所時は、以下のような問題点がありました。
・本当は、母や娘の住む大阪へ帰りたかったが、大阪には女性用更生保護施設がなかった。
・施設関係者に、「自己の万引きは病気だと思うから、医療機関を受診させてほしい」と、刑務所での面会時から訴えていましたが、働いて、自立することを目的とする更生保護施設では、治療的支援は何もなかった。
・更生保護施設では、消灯時間は午後10時。
消灯後は、電気が全て落ちてしまい、刑務所での生活とほとんど変わらなかった。
・被告人は、出所の2日後に、右手首を骨折して、すぐには働けない状態になった。
ここで、就労による更生のプランから、とりあえず生活保護を受けて、セイフティネットを張るプランに切り替えねばならなかったはずなのに、誰からもそのアドバイスや支援がなかった。
・骨折後、手首に包帯をした状態で、保護観察所へも行っているし、そこには、ハローワークの職員も同席していたが、アドバイスも情報提供もなく、生活保護の話や協力雇用主の話は出なかった。
・働けない被告人は、職業訓練受講給付金が月10万円、3カ月の受講で合計30万円もらえるパソコン教室の受講を選択したが、長期受刑をしていた56歳の被告人にとって、パソコン教室が適切な就労支援の選択だったとはいえない。←誰も深入りせず、放置。
・パソコン教室では、履歴書と職務経歴書を求められたが、受刑歴の長い被告人には何も書けず、真っ白の状態で、強いストレスになり、万引きを誘発する一因となった。
チェリーブロッサムさんの孤立には、以下のような原因があるのでないでしょうか。
・そもそも長期出所者に対する支援が不十分。
- 総合的なコーディネーターがおらず、支援がぶつ切り状態で、各機関が自分の都合でしか考えない。どうしたらいいかというアドバイスはしない。 その結果、被告人に合った継続的な支援プランが提示されていない。
- 本当は大阪に帰りたいのに、大阪に更生保護施設がないため、京都に帰ってきてしまったことも失敗だったのでは?
→ 協力雇用主などの情報が得られない。移動の交通費がかかるといった負担増へつながった。
本人だけの自己責任とせずに、事前に更生プランを作成しておくことが必要なのではないか。
その解決策の1つとして、弁護士が総合的なコーディネーター役になる「よりそい活動」が考えられます。
① まずは、その人の事情を前提とした、総合的なプランの提示です。
クレプトマニアの場合は、そもそも、仮釈放の時点から、就労一本やりではなく、医療機関への通院や、KAへの参加を取り込んだプランを構築すべきです。
その上で、長期受刑者の場合、よほど生活能力があるケースでない限り、まずは生活保護申請をして、セイフティーネットを張った上で、医療やKAに通わせながら、協力雇用主を探すべきではないかと思います。
② 就労支援についても、もっとアドバイスや支援が必要です。
本人には、強い引け目があるので、自分の前科(万引き)の話はできません。
履歴書や職務経歴書には何も書けません。
出所直後から、高い社会的スキルを要求されると、それだけでストレスでつぶれてしまいます。
事情を知った上で雇用してもらい、医療機関やKAに通う日には休みをもらえるようにするためにも、協力雇用主がどうしても必要ではないかと思います。
③ 出所後の事情に応じて、臨機応変なプラン変更にも対応しなければなりません。
チェリーブロッサムさんのケースでは、右手首を骨折して時点で、就労による社会復帰プランから、生活保護申請の方向へプランを変更すべきだったと思います。
総合コーディネーターの役割は、絶対に弁護士でないといけないということはありませんが、弁護士が一役を担うというのは、ありだと思います。
特に、刑事事件を担当した弁護人は、被告人の事情をよく知っているので、よりそい活動に適している場合もあるでしょう。
研修では、チェリーブロッサムさんの成育歴や、過去の万引きのエピソード、家族の苦労なども交えながら、報告させていただきました。
弁護士以外にも、社会福祉士さんとか、就労支援事業機構の方とか、刑務所のカウンセラーさんとか、地域生活定着支援の方とか、保険福祉センターの方とか、多数の支援機関の方々が参加しておられたため、共感的に聞いていただくことができ、とても深く理解していただけたように思います。
2件目の嘱託殺人の事案は、阿倍野のマンションから白骨が出た事件です。
このケースの被告人については、報道では「嘱託」のことだけしか取り上げられていませんでしたが、実は、犯行の背景に虐待の影響があったことを主張しており、子ども家庭センターや少年刑務所で長年スーパーバイザーをされたいた大学教授による情状鑑定も行われていました。
被告人は、虐待家庭で育った子どもだったのです。
被告人は、お母さんがお父さんから激しい暴力を受ける様子を見て育ち、母親を助けたいという思いを持ちながら育ちました。
お母さんを救いたいという思いは、成長する中で、無意識的に、恋人の願いを叶えて救いたいという「救済願望」に置き替えられていきます。
また、虐待により、「お前には価値がない」とされてきたことで、恋人の願いを叶えて救うことで、「必要とされる存在になること」を無意識に求めていました。
虐待によって否定された、人間の根源的なニーズを回復しようとする無意識の心理的なメカニズムが、事件の経緯や動機に影響を与えていたケースです。
(ただ、虐待された人に関わったことがない人達には、なかなか感覚が理解できないらしく、裁判では本当に苦労しました。
裁判官は多数の事件を処理していますが、あの人たちは直接被告人には接しない人種なので、感覚的にはあまりわからないようです。
裁判員の方々も、様々な職種と社会経験をお持ちの方がおられるとは思いますが、虐待に接したことがある人がいるかと問われれば、NOでしょう。
一見さんに、たった1回の、時間制限のある法廷で理解してもらうことのハードルの高さには、絶望的な気分になるときがあります。
裁判員の方々は、事実認定はとてもよく出来て、法曹の方がハッとさせられることも多いのですが、
量刑や情状となると、一度も見たこともなければ、接した経験もない人達を判断などできるのだろうか?…と疑わずにはいられません。
自分が修習生として、初めて法廷を見たときも、簡単な薬物犯ですら理解していなかったと思うからです)。
しかし、嘆いてばかりはいられません。
虐待の影響があるケースでは、刑事裁判の中で、まずは刑事弁護人が虐待の存在に気づき、犯行への影響を主張・立証すべきだと思います。
情状鑑定や臨床心理士のカウンセリングなどを活用すべきでしょう。
そこで得た分析結果は貴重です。
刑事裁判を経ることで、本人自身も気づきを得ているので、事件当時よりは自覚があり、裁判後は、周囲へ協力要請などもするとは思いますが、本人だけで、支援関係者に自己の特性とニーズを全て説明させるのは無理ではないかと感じます。
家族から虐待を受けているので、適切な配偶者が出ているなどしない限り、親族の支援がない場合が多いでしょう。
情状鑑定での分析や、刑事裁判で身上などを知っている弁護士が、何らかの形で、よりそい活動をできないかな…と思います。
この嘱託殺人のケースでは、被告人の能力にはばらつきがありましたが、潜在的には高い能力を持っている感じがして、私は、適切なサポートさえ与えれば、おおいに伸びる可能性を感じていました。
ぶつ切りの支援だけではなく、理解や愛情とともに、継続的な支援を与えることができれば、再生・更生していくのではないかと感じています。
会場にこられた方達は、支援の専門家の方々で、たくさんの方々が来て下さっており、盛況でした。
共感的に聞いていただけたので、私も勇気づけられました。
今後も出来る限り、こういう場に参加して、支援関係者の方々から刺激を受けていきたいと思います。