弁護人の予定主張に思う ~一審弁護人の見極めの重要性~

裁判員裁判事件の弁護人を務めているとき、私が一番迷って、常に頭の中で考え続けていることは、弁護側の予定主張のラインをどこで引くかという問題です。

(事案によっては、ただ歩いているときですら、頭の奥の方で、ずっと答えを探して考え続けているような状態になります)。

裁判員裁判事件の公判前整理手続きでは、まず検察官が証明予定事実を出し、それに対して、弁護側が予定主張を出すわけですが、全く争いがない事件ならともかく、多くの事件では何らかの争いがあります。

そういうとき、開示された証拠をにらんで、どの争点を認め、どの争点を争うか。

一審弁護人のこの見極めは、とてつもなく重要です。

特に、量刑が大きな意味を持っているとき、中でも執行猶予が圏内に見えているとき(たとえ、それがはるか彼方の霞の中であっても、可能性として見えているとき)には、この見極めの重みは、言葉では言い尽くせません。

 

先日も、覚せい剤の営利目的輸入事件で、1審千葉地裁の裁判員裁判で全面無罪となった後、2審東京高裁で逆転有罪とされていた事件について、最高裁が2審判決を破棄し、1審判決を支持する判決を言い渡しました。

その是非はともかくとして、今後、一審の結果がますます重視されていくことは間違いありません。

一審がすべてというくらいの覚悟で、予定主張のラインを見極め、情状に関する事実を積み上げていかなければならないのです。

(特に、反省や更生に関する事実などは、事件後に一つ一つ努力して、積み上げていくものです)。

 

弁護側の予定主張を考えるとき、私が理想像として描いているのは、プロボウラーの川添奨太選手(23歳)のプレーです。

私は、ボウリングのことはあまりよくわからないのですが、ある日のテレビ番組で、パーフェクト試合を成し遂げた選手として、川添選手の練習風景を取り上げていたのです。

彼は、レーンの上に、わざとボール1個がギリギリで通過できる間隔に2本のピンを置いて、投球練習をしていました。

彼は、じっとレーンを見つめて、ラインを読んだ後、独特の低い前傾姿勢で投球します。

2本のピンの間はボールが通るにはわずか数センチの余裕しかないのですが、彼が投げるボールは、力強く弧を描きながら、その2本のピンの間をすり抜けて、レーンを走り抜け、10本のピンを弾き飛ばしてしまうのです。

それを彼は、寸分の狂いなく、すべての投球で実現していきます。

まさに圧巻。美しいの一言です。

 

あの2本のピンは、刑事裁判でいうなら「証拠」でしょう。

弁護人の読むラインは、ときに被告人の主張とは違うことがあり、被告人を信じる弁護人自身にとっても、大きなストレスになります。

でも、弁護人がこのストレスに負けて、安易に道を譲り渡してしまったら、結局、その結果は量刑(受刑)となってはね返り、被告人やその家族が苦しむことになりかねません。

そんなときは、被告人との信頼関係のもと、よく話し合って、最後は被告人自身に決めてもらうことになります。

この葛藤は、刑事弁護人の永遠の課題でしょう。

川添選手のようにラインを読んで、圧巻の投球ができる刑事弁護人になりたいものです。

 

 

徳島刑務所訪問記

日弁連の人権擁護委員会から、毎年恒例の刑務所見学として、徳島刑務所を訪問させていただきました。

徳島刑務所は、LB指標の受刑者(執行刑期が10年以上で犯罪傾向の進んだ者)を収容する全国7つの刑事施設のうちの一つで、LB指標の受刑者以外にB指標の受刑者(犯罪傾向が進んだ者)も収容しています。

無期懲役の受刑者が多いのも特徴で、覚せい剤や窃盗の罪名が多い他施設に比べて、生命・身体に対する犯罪の罪名が多いそうです。

徳島刑務所では、平成19年11月に、医療問題に端を発して、受刑者が刑務官と衝突する暴動が起こりました。

かっての徳島刑務所では、当時の医務課長が、必要性もないのに肛門に指を突っ込む「直腸指診」をしたり、「ピンチテスト」と称してあざができるほど身体を何か所もつねるなど、虐待ともいえるような不適切な医療行為を繰り返していました。

病状の悪化と苦しさの中、医療を受けられない絶望から自殺してしまった方もいたほどでした。

このような状況が生じた背景には、医師不足の問題があります。

一般社会でも医師不足が起こる中、常勤医師としてへき地の刑務所に来てくれる医師はなかなかいません。また、医師にとってはキャリアにつながらない点も医師を招へいできない大きな理由のようです。

かといって、外部の医療機関を受診させようにも、なかなか受け入れてくれる病院がなかったり、さらには逃走防止のための戒護には大きな人手がとられるため、人員配置の観点からもなかなか医療を受診できません。

刑務所医療の貧弱さは、全国的に大きな問題となっています。

 

訪問した2月3日は、四国でも、前日に雪が舞ったほどの寒さでした。

その中で感じたのは、刑務所の中での一日の重みです。

コートを着込んでいる私たちでさえも凍えるほど寒いのに、受刑者はどれほど寒いことでしょう。

最近は、裁判員裁判では無期をはじめ20年とか30年とか重い量刑が言い渡されるケースも増えていますが、本当に刑務所での1日の重みを理解してくれているのだろうかと思うときがあります。

希望をもてない状況は、人間を絶望させ、刑務官の処遇も困難になります。

人間が希望をもって頑張れるのは、まずは5年程度が目安ではないでしょうか。

それ以上重い刑を言い渡すときには、言い渡す側もそれなりに考えないといけないのではないかと思うのです。

特に、最近は、無期受刑者に仮釈放が認められにくくなり、昔は15年以上受刑すれば仮釈放が認められたりしていましたが、現在では30年受刑しても認められず、事実上の終身刑となっています。

受刑期間が長くなれば、受刑者も高齢化し、将来、さらに深刻な医療問題が起こることも予想されます。

将来につけが回ってきてしまう前に、量刑のあり方や受刑者の更生・処遇のあり方を真剣に考えないといけないのではないかと、改めて感じた訪問でした。

 

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