すべての犯罪を治療化へ  -治療的司法という考え方-

刑事事件の多くは、その人が抱えている問題がマイナスの形で表出したものです。

犯罪は、その人が、何らかの理由で、生きづらさや一人で解決できない問題を抱えて、トラブルに陥っている状態とみることができます。

これを解決するためには、

① 犯罪の原因を分析し、そのメカニズムを明らかにして、

② 必要な支援(医療、心理、福祉など)を与えること、が重要です。

すべての犯罪を治療化へ…。 これが最終目標です。

 

学問的には「治療的司法」(Therapeutic Justice) という考え方があります。

治療的司法とは、わかりやすく言うと、刑事裁判の手続きの中で、単なる法的解決だけにとどまらず、犯罪の原因となった問題の解決にむけて、必要とされる医療・心理・福祉・その他のサポートを提供していく考え方です。

「問題解決型司法」という言い方もできるでしょう。

 

典型的な事例は、

などです。

このような事例では、「犯罪」は、「うまく生きられない」、「支援がないと生きられない」というSOSでもあります。

そこで、医療・心理・福祉・その他のサポートを提供しながら、問題解決を目指し、生きやすい状態に変えていくことで、結果的に再犯を防いでいく。

そんな刑事司法を目指すのが、「治療的司法」なのです

 

社会復帰を視野にいれた刑事裁判

ゆりかごから墓場まで、という言葉がありますが、

刑事事件は、まさに「逮捕から、社会復帰まで」の一続きの流れです。

被疑者・被告人は、問題を起こして、「逮捕・勾留」により、いったん社会から分離されますが、

刑事裁判を経て、執行猶予なら社会へ戻り、実刑ならば刑務所で受刑して、再び社会へ統合されていきます。

つまり、刑事裁判は、社会復帰を目指してスタートを切る最初のステップです。

刑事裁判は、社会復帰を視野に入れたものでなければならないのです。

 

他業種との連携を目指して

刑事裁判を、社会復帰のための第一歩ととらえ、問題解決の場ととらえる「治療的司法」では、

他業種、つまり、医療・心理・福祉などと連携しながら、問題解決にあたることを目指します。

現代は、科学が発達した時代ですから、事件の背景や被告人の心理などについては、医療・心理・福祉などの科学的な視点から分析し、更生のための治療法を検討せねばなりません。

刑事事件になってしまった時は、人生で最もつらく、苦しい時ですが、これを人生の転機ととらえ、治療と回復へつなげていきましょう。

 

その人ごとの個性を尊重して  - 個別対応の重要性 -

刑事事件を、問題解決の場所、治療の機会ととらえる場合、とても重要なのが「個別対応」です。

表面的に同じように見えても、背景にある問題は、その人ごとに異なっています。

例えば、最も基本的な犯罪である「窃盗」を例にとっても、なぜその人が窃盗を犯しているのか、その理由は全く異なります。

ある人は認知症から、ある人は知的障害から、ある人は窃盗症(クレプトマニア)から、

さらに窃盗症の中でも、さまざまなヴァリエーションがあり、摂食障害が背景にあったり、成育歴が心理面に影響していたりと、その原因は実に個性的で、多種多様です。

人生には、皆、それぞれのストーリーがあって、一人一人違っているのです。

個別に問題を深くほり下げていくことは、とても難しく、時間もかかるため、後回しにされたり、全部まとめて同じように処理されがちですが、ここで手を抜いてしまうと、いつまでたっても問題が解決しません。

再犯をくり返すことにつながってしまいます。

病気に例えれば、原因もよく調べずに、全ての患者さんに同じ薬を出すようなものですから、
これでは治らないことは、当然といえるでしょう。

何度も再犯をくり返し、社会と刑務所を往復するようになってからでは、回復も困難になります。

急がばまわれ。

病気と一緒で、早期に、個別対応を目指しましょう。

 

幸せな人生を生きるために

すべての犯罪を治療化へ、というスローガンを掲げましたが、

その目指すところは、その人が再び社会へ統合されて、幸せな人生を生きられるようにすることにあります。

刑事事件により、被疑者・被告人は逮捕・勾留され、いったん社会から分離されますが、

刑事裁判を経て、再び社会復帰・社会的統合を目指します。

従来は、このステップは「刑罰」なのであり、ひたすら自己が犯した犯罪の報いを受けて、責めさいなまれるべきとされてきました。

しかし、刑罰だけでは回復できず、再犯を防げない、
結果として、犯罪のない社会は実現できず、社会にとってもプラスにならないことは、既に明らかになっています。

刑事裁判を、その人がもう一度社会に統合されて、幸せに生きていけるようにするための
「治療のプロセス」としてとらえ直す刑事弁護活動をしていきたいと考えています。