今日は、子どもの頃の「虐待」の影響のため、薬物依存症から抜けられなくなり、再犯を繰り返していた空さんが、妻彩さんの協力のもと、実に7回目の裁判!で、医療的な治療と心理的な支援につながり、回復の軌道に乗ったケースをご紹介したいと思います。題して、
虐待の影響を乗り越えろ
空(そら)と彩(あや)の幼馴なじみ夫婦奮闘記
~7回目の薬物裁判での回復~
空さんは、覚せい剤使用・所持の罪で、既に6回の裁判を受け、5回の受刑を経験していました。
(1回目は執行猶予判決なので、受刑回数は、裁判の回数より1回少なくなるのです)。
しかし、6回も刑事裁判を受けていたにもかかわらず、警察も、検察も、裁判所も、刑務所も、保護観察所も、誰一人として、空さんが「虐待を受けて育った子ども」であることに気づいていませんでした。
空さん自身でさえも、自分が「虐待を受けて育った」ことを自覚しておらず、虐待の影響が、薬物依存症から回復する妨げになっていることに気づいていなかったのです。
空さんは、出所のたびに、立ち直ろうとして必死に働きました。
就労により、薬物依存症から回復しようとしたのです。
それ以外の方法は、思いつきませんでした。
しかし、就労による立ち直りは、一生懸命努力しているにもかかわらず、毎回、空回りしてしまい、短期間で薬物を再使用してしまっては、刑務所へ舞い戻る日々が続いていました。
幼馴なじみの妻彩さんは、そんな空さんのことを助けたい、と思っていました。
このままでは、空があまりに可哀そうすぎる…、と思いました。
そして、今回の事件の逮捕後、必死で、「治療的司法」につながっている弁護士を探したのです。
この妻彩さんの真剣な思いが、空さんと弁護人である私の出会いを引き寄せました。
相談を受けた私は、妻彩さんの話を聞いたとき、過去に扱った事件とよく似た点があったことから、
「彼が虐待を受けて育ったのではないか」、
「それが、薬物依存症と再犯に、何か影響を与えているのではないか」と感じました。
そこで、心理系の大学教授と臨床心理士さんの協力をあおぎ、治療的な刑事弁護を展開することにしたのです。
その結果、空さんを回復の軌道に乗せることができて、
裁判でも、このケースでは、通常は取れない判決である「一部執行猶予判決」を受けることができました。
空さんは、度重なる再犯のため、だんだん刑期が長くなっており、前回の裁判の時に、既に懲役3年の実刑判決を受けていました。
一部執行猶予判決を受けられるのは、言い渡される刑期が、懲役3年まででなければなりません。
既に、前刑で、懲役3年の言渡しを受けて、今回は、それより刑期が長くなろうであろう空さんについては、一部執行猶予の対象にはならない状態でした。
しかし、子ども時代の虐待の影響で苦しんでいる空さんを長期間受刑させたところで、
薬物依存症からも、虐待の影響からも、回復することは出来ません。
むしろ、事態はどんどん悪化していくばかりです。
そこで、虐待の影響を明らかにした上で、治療を行い、その成果を裁判で立証して、一部執行猶予判決を得ることを目指したのです。
具体的には、空さんの場合、今回の量刑は、懲役3年2月~懲役3年6月程度と思われましたが、
虐待の影響があったことを立証することで、あえて前回と同じ、懲役3年の刑を主張し、うち6か月を一部執行猶予として、実刑部分を懲役2年26月に短縮させようとしたのです。
6か月の一部執行猶予部分に対しては、3年間という長期の保護観察がつきますが、空さんの場合、性質的に、保護観察にはとても向いていました。
虐待を受けて、親に愛されることなく育っていたため、たとえそれが保護観察官であったとしても、
自分を信じて期待してくれる人がいるならば、彼はその期待に応えようとする性質がありました。
空さんの更生のためには、「刑務所に入れてしまう処遇」ではなく、「社会内での保護観察」の方が、はるかに高い効果があり、向いていたのです。
このような主張と立証活動を裁判で展開した結果、弁護側が望んでいたとおり、
懲役3年、うち6か月について、3年間執行を猶予し、保護観察に付する、という「一部執行猶予判決」をいただくことができました。
40代半ばで、まだまだ身体は元気なものの、誰にも苦しみに気づいてもらえず、誰にも助けてもらえずに、孤立して、「社会的な死」が迫っていた空さんと彩さん夫妻を救うことができ、一筋の光を見出すことができました。
現在、虐待されている子どもはどんどん増えています。
幼い子どもが、父親の虐待で亡くなってしまったケースも多数報道されています。
その子達が何とか生き延びて成長したとしても、空さんのようになるケースが増えてしまうでしょう。空さんの事例は、現在の子ども達のことを考える上でも、とても参考になるはずです。
(注: 空さんの場合は、薬物犯罪につながりましたが、虐待を受けた子どもが成長して問題を起こしてしまう場合、罪名は薬物とは限らず、様々な形で問題になりうると思います)。
では、さっそく、空さんと彩さん夫妻の物語を読んでみて下さい。
空さんは、43歳の男性です。
優しくて、思いやりがあって、真面目で、よく働く男性です。
しかし、24歳のとき、初めて覚せい剤を使用して以来、既に6回の裁判を受け、5回、刑務所に入っていました。
前刑の出所後、4か月の仮釈放をもらって出所した空さんは、幼馴じみの妻彩さんと結婚して、通信工事の仕事を探し、一生懸命働きました。
しかし、なぜか、いつも年上の男性にうまく利用されて、うまくいかなくなってしまうのです
。
(カウンセリング後に判明しましたが、実は、これは父親の虐待の影響でした)。
仮釈放期間中は、保護観察所に真面目に通って、保護観察所で開催されていたNA(ナルコティクス・アノニマス/薬物依存症者の自助グループのミーティング)にも、毎回休まず通っていました。
ただし、空さんは、人の話は静かによく聞くことができるのですが、なぜか、自分の話をすることは出来ませんでした。
なぜ発言できないのかは、空自身にさえ、よくわかりませんでした。
(これも、実は、虐待の影響です。
空さんは、虐待の下、自分の感覚を麻痺させることで生き延びていました。
そのため、自分の葛藤が明らかになってしまうような話題を口にするのは、彼にとって、とても苦手なことで、話せなかったと思われます。
他方で、お父さんの話を長時間聞かされることには慣れているため、人の話を静かに聞くことは容易だったと思われます。
幼馴なじみだった妻彩さんの目撃談によると、子どもの頃の彼は、長時間続くお父さんの説教じみた話にも、一切逆らったことはなく、「はい、お父さん。はい。その通りです。おっしゃる通りです」という感じで、延々と聞き続けていたとのことでした。)
このように、真面目に働き、NAにも通っていたにもかかわらず、空さんは、仮釈放から9か月後、薬物の再使用で、また逮捕されてしまいます。
今回が7回目の裁判でした。
私の事務所に相談に訪れたのは、幼馴なじみの妻彩さんでした。
「このままでは、空が可哀そうすぎる。何とかして治療してやりたい」と彩は言いました。
彩さんの話を聞いて、私が疑ったのは、「子ども時代の虐待」でした。
偶然ですが、過去に扱った虐待のケースと、よく似た点があったのです。
そこで、事件を受任して、よくよく空さんの話を聞いていくと、
空さんは、子ども時代に、父親の暴力のせいで、小学2年生の頃に、母親が家を出ていってしまっていました。(見捨てられ体験)、
その後も、父親と結婚した継母から暴力を受けたり、2人が目の前で激しく争って、互いに暴力をふるい合う姿を見て育っていました。(身体的虐待・心理的虐待)
食事を用意してもらえず、栄養失調が疑われる状態で倒れたことがあったり、
中学校の制服が洗濯されていなかったり、
お父さんの釣りにつき合わせて、学校を休んでいたり…といった事情もありました。(ネグレクト)
父親は、お前は、将来アメリカに留学して、不動産所得で生きていくんだから、高校なんて行かなくていい、父親の言うことを聞いていればいいのだ、と言って、進学さえ、させてもらっていませんでした。
ずっと父親のお店を手伝って、深夜まで、働いていたのです。
お給料は支払われていませんでした。
しかし、結局、お父さんの言葉はその場限りのもので、アメリカ留学なんてしていませんし、不動産所得もありませんでした。
この成長の過程で、無意識のうちに、空さんが、虐待から身を守るために身に着けた「対人関係のパターン」が、薬物依存の克服を妨げる方向で働いていたために、
いつまでも薬物の再使用から抜けられず、苦しんでいたのです。
しかも、空さん自身は、自分が虐待の被害者であることに、全く気づいていませんでした。
自分の幼少期の経験が「虐待」にあたること、
そのため、健康に育った人とは異なる心理的な特徴を持っていたり、特殊な対人パターンを身に着けていること、
それが薬物の再使用につながっていることには、全く気づいていなかったのです。
むしろ、父親に絶対服従しながら生きてきた空さんは、虐待者であった父親を尊敬し、深く愛していました。
妻や他人が父親の悪口を言うと、とても嫌がって、怒り出すほどでした。
(これは、幼少期に、虐待者である父親の悪口を言ったり、悪口を聞いたりことは、その後、父親からの暴力につながっていたため、彼は強い葛藤を感じ、父の悪口を否定せずにはいられないのです。
「僕は、お父さんを尊敬しています。愛しています」というのが、会った当初からの彼の姿勢でした。)
何の問題意識ももたずに、空さんの話を聞いていると、
「亡くなったお父さんはとても良い人で、薬物依存症のために受刑を繰り返す息子空さんをとても心配してくれていた。
空さんも、父のことを深く愛していた。
空さんは不肖の息子です」と、聞こえてしまうことでしょう。
虐待の話には、全く気づくことができません。
虐待などの心理的問題を抱えた人が被告人の場合、
法曹である弁護人が、問題の存在に気づいて、医療や心理など、他の業種の支援につなげる必要性を認識できるか、という点が、最初の問題になります。
我々法曹関係者が、心して努力せねばならないことですが、これは、とても高いハードルです。
空さんは、これまで、6回の裁判を受け、5回の受刑を経験していました。
にもかかわらず、空さんが「虐待の被害者」であることに気づいて、その影響を指摘してくれた人は誰もいませんでした。
警察、検察、裁判所、刑務所、保護観察所、弁護人を含め、いろいろな人が、空さんの裁判、受刑、仮釈放に関わってきたはずですが、誰も、空さんの被虐待に気づいて、その影響を指摘した人はいなかったのです。
対処法がわからないまま、薬物依存症から抜け出せず、再犯を繰り返しの中で、空さん夫妻は孤立して、「社会的な死」の寸前まで追い詰められていました。
しかし、7回目の今回の裁判で、ようやく薬物使用の原因になっている「虐待の影響」に気づくことができたわけです。
その影響を克服するために、病院を制限住居に保釈許可を得て、次のような対策を取りました。
① 専門医療機関への入院治療(「条件反射制御法」による治療)、
② 臨床心理士によるカウンセリング、(夫婦カウンセリングを実施)、
③ 薬物回復支援団体(ダルク)への入寮、
まず、病院を制限住居に、保釈をとって、薬物依存症に対する入院治療を受け、心身の状態を安定させました。
そして、医師から外出許可がもらえるようになってから、臨床心理士さんのところへ、心理カウンセリングへ通ってもらいました。
その際は、妻彩さんが車で送迎していました。
このケースでは、空さんと彩さんの夫婦仲がよく、その絆はとても深いものがありました。
彩さんは、懸命に空を支えようとしていました。
そのため、「夫婦カウンセリング(カップルカウンセリング)」が可能なケースでした。
空さんは、彩さんと一緒に同席して、カウンセリングを受けています。
虐待を受けてきた空さんは、妻の彩さんにも、弁護人にも、なかなか虐待の内容を話せずにいました。
意図的に話さないのではなく、言葉が出てこないのです。
(そのため、公判が近づいてから、「え?!、そんな事実もあったの?」「そんな虐待も受けてたの?」というような話が出てくることもありました。
隠したり、作り話をしたりしているわけではなく、本当に傷ついている人は、なかなか事実や感情を口に出せないのだと思います)。
しかし、専門的知識をもっている臨床心理士さんが相手のカウンセリングでは、回を重ねるごとに、虐待のことを自然に口に出せるようになっていきました。
心理系の家庭問題、家族間暴力を専門とする、大学教授の先生も、空と面談してくれました。
その中で判明した、「虐待の影響で、空さんが身に着けた対人パターン」と、「それが薬物依存症に与えた影響」は、以下のようなものです。
《虐待の影響/生存戦略として身に着けた対人パターン》
臨床心理士さんのカウンセリングを受けたところ、空さんは、幼少期の虐待の中で、暴力を避け、生き延びていくための対処法として、つまり「生存戦略」として、以下のような対人パターンを無意識のうちに身に着けていることがわかりました。
〇 人の顔色を見て、相手の嫌がることは絶対に言わない、しない。
〇 過剰なほど相手に合わせようとする。
〇 「ノー」が言えない。
〇 一切自己主張をしない。反論したり、異議を唱えたりしない。(暴力を避けるため)。
〇 「嫌だ」という感情や「こうしたい」という希望を押し殺して、感情を麻痺させている。
〇 感情を麻痺させることで、そもそも葛藤やストレスの存在自体を感じないようにしている。
〇 それでも、葛藤やストレスを感じてしまった場合は、「忘れる」という方法で対処する。
〇 「忘れること」以外の対処法は持っていない。健康的なストレス発散方法がない。(例えば、好きなスポーツをするとか、そういう対処法がない)。
〇 周囲にお手本となるような、ロールモデルとなる人物が誰もいない。
《虐待の影響が薬物依存症につながるメカニズム》
このような虐待で身に着けてしまった対人パターンは、空さんが、薬物依存症を克服して、再犯を防止していくことを、阻害する方向で働いていました。
どういうことかというと、空は、虐待の中で生きのびるため、無意識のうちに、そもそも葛藤やストレスを感じないようにしていました。
そのため、自分の葛藤やストレスを自分で認識し、自覚すること自体が、とても苦手なのです。
さらに、葛藤やストレスを認識した場合も、「忘れる」という対処法しか持っていませんでした。
無意識のうちに、その苦しさから逃れようとして、一時的であっても、自分で自分の行動を決めてコントロール出来る感じがする「偽の問題解決行動」としての「薬物使用」を誘発してしまうというのです。
どういうことかというと、薬物を使用することで、
例えば、どこで薬物を入手するか、
それをどのように使うか、
そして、薬物をつかうことで、明日もきっと頑張れるだろう…
といったことについて、一時的で、偽りのものではあるますが、「自己コントロール感」を持つことができるのです。
さらに、空さんの場合、成人後も、20代半ば以降は、刑務所と社会の往復を繰り返していたため、人間関係や、職場で、「良き人物との出会い」のような、虐待の影響を克服できる環境に恵まれていませんでした。
その結果、虐待の影響を克服できないまま、薬物による再犯の連鎖が続いていたのです。
◆ 公判(裁判)での弁護活動
公判では、裁判のスケジュールに合わせて、治療とカウンセリングで分析された内容について、
① 妻彩さんの証人尋問、
② 被告人空さんの被告人質問
③ カウンセリングを担当してくれた臨床心理士さんの証人尋問、
④ 大学教授の証人尋問 を実施しました。
心理学的な分析結果を理解し、聞いていてわかりやすい証人尋問を組み立てるのは大変でした。
それ以前に、そもそも弁護人が何をしようとしているのかを裁判官に理解してもらい、公判期日と尋問の時間を確保することからして、とても大変でした。
判決言渡しまで、6回の公判を開いていて、期間としては、6カ月かかりました。
たぶん、裁判官も、最初は、弁護士が何を言いたいのか、よくわからなかったと思います。
虐待の話は、法曹関係者にとっては、耳慣れない話で、よくわからない面もあります。
証人尋問や被告人質問を全部聞いても、まだわからない部分はあったと思いますが、裁判所は、最後まで付き合い、期日を入れたり、臨床心理士さんや大学教授の証人尋問をしてくれたり、協力的に対応してくれました。
空さんは、最初の被告人質問のときは、短い時間の中で、こみいった虐待の話や、これまでの再犯の経緯を全部説明しなければならないため、とても緊張していました。
虐待を受けてきた空さんは、相手が強く出てくると、「はい」、「はい」と、相手にあわせてしまうような傾向がありました。
しかし、判決言渡し前の頃になって、追加で、裁判官から情状に関する被告人質問が実施されたときは、突然、被告人質問をされることになったにもかかわらず、とても落ち着いていて、裁判官の質問をよく聞いて、自分の言葉で、自由に答えられるようになっていました。
大きな変化でした。まさに治療の成果といえるでしょう。
空さんは、最初のうちは、「お父さんには絶対服従、僕はお父さんを愛している。お父さんの悪口を言うなんて、とんでもない」という感じで、お父さんに対して、否定的なことを言うことができませんでした。
しかし、最後の被告人質問では、「今でもお父さんのことは大好きだけど、自分だったら、子どもにあんなことはしなかったと思う」と言うことができたのです。
虐待は、子どものときの「全生活」に関わっていますから、その影響の克服は、容易なことではありません。
でも、「お父さんのことは嫌いにはなれないけど、お父さんのしたことは間違っていた」と言えるようになったことは、大きな前進で、回復のための第一歩と言えるのではないでしょうか。
空さんを見ていると、こんなに優しくて、真面目な人なのに、親は、どうしてもっと上手に育ててやれなかったのだろうか、と残念でなりません。
しかし、たとえ40代になってからであったとしても、空さんが、妻彩さんと共に、本来の幸せな人生を取り戻してくれることを願っています。
さて、判決の結果ですが、
空さんについては、弁護側の希望とおり、懲役3年、その刑のうち懲役6月について、3年間その執行を猶予し、保護観察に付するという判決が出されました。
いわゆる「一部執行猶予判決「」です。
虐待に気づかず、単なる「ごめんなさい弁護」で終わってしまっていたら、おそらく、懲役3年6月くらいの実刑判決となったのではないかと思われます。
懲役3年のうち、6カ月の執行が猶予されたことで、実質的な刑期は、2年6月になり、実刑期間がかなり短縮された形になっています。
さらに、仮釈放がとれれば、出所はもっと早まる可能性があります。
もちろん、そのかわりに、保護観察期間が3年間ついてくるのですが、空さんの場合、たとえそれが保護観察官や保護司であっても、他人が自分を信頼してくれて、期待してくれることがとても嬉しくて、裏切りたくないという心理的な特徴を持っているため、保護観察には非常になじむ人でした。
今回の事件でも、空さんは、保護観察中は、薬物の再使用はしていませんでした。
このケースで「社会内処遇」を選択したことは、とても適切な判断だったといえるでしょう。
判決の量刑理由では、「幼少期の虐待が覚せい剤使用に影響を与えたとの主張については、仮にそうであるとしても、本件の犯情に大きな影響を及ぼすものとは評価できない。」と書いてあり、予想どおりではありましたが、
空さんのような成育歴の影響に関する裁判所の理論的な姿勢が、そう簡単に崩れるはずがありませんから、気落ちすることなく、今後も真実を語り続けたいと思います。
◆まとめと感想
今回の裁判では、心理カウンセリングにつながったことで、空さんは、自分が持っている特徴に気づき、いろいろな支援者につながって、虐待の影響を少しずつ、克服し始めました。
過去に6回も、逮捕・勾留・裁判・受刑が実施されていながら、幼少期の「虐待」の事実が、見逃されて続けてきたという現実は、これまでの薬物裁判や、刑事施設での審理や処遇が不十分だったことを物語っているのではないでしょうか。
40代前半の空さん夫妻は、まだ身体的には元気でも、社会的には孤立してしまい、その未来は閉ざされようとしていました。
「社会的な死」の寸前まで、追い詰められていたのです。
そんな「虐待の被害者」である空さんに対して、「どこが問題で」、「どんな努力をすれば、この再犯の連鎖から抜け出せるのか」を具体的に示してあげられたこと、
そして、社会的孤立を解消して、良心的で、薬物依存症の克服のための知識と経験をもつ支援者たちにつなぐことができたことは、大きな成果だったと思っています。
幼い時に受けた虐待の影響は甚大なので、そう簡単に乗り越えられるものではありませんが、空さんと彩さん夫妻は、これからも2人で、虐待の影響を乗り越えていってくれることを願っています。
薬物依存症の背景には、この空さんのケースのように、大きな問題が潜んでいることがあります。
薬物依存の背景にある、問題の本質に気づいて、根本的な解決を図ることが大切です。
今後も、1件、1件を大切に、問題を見極めていく姿勢をもって努力していきたいと思います。
※ なお、この事例については、平成30年10月に第一法規から出版された「治療的司法の実践」という本にも、薬物事件の事例として紹介されております。興味のある方はご覧下さい。