裁判員裁判事件について 

裁判員裁判事件については、平成21年の開始から7年を経過して、安定して定着すると同時に、

一時期ほどは騒がれなくなりました。

 

裁判員裁判の量刑は、けっして軽くはありません。

むしろ、重くなっていく一方であるとすらいえます。

しかし、裁判員の方々は、法曹関係者以上に、事案の本質を深く理解しておられる面もあるように思います。

 

先日、偶然、裁判所で開催された「裁判員経験者による意見交換会」に、弁護士会から参加する機会がありました。

 

「否認事件」をテーマにした会で、「医師が証人出廷している事件」という共通点はありましたが、

それ以外の罪名や事実関係はさまざまでした。

 

高齢者の準強制わいせつ致傷事件から、

放火殺人事件、

過去の辛い出来事から精神を病んだ妻を、夫が看護の末に殺害してしまった殺人事件、

母親が障害のある子どもを長年介護した末に殺してしまった介護殺人事件、

子どもへの児童虐待事件など、5つの事件がありました。

 

裁判員の方々の意見を聞いていて感じたのは、

① 極めて特殊な難事件を除いて、専門家証人であっても、医師の説明などはよく理解しておられること、

② 法曹関係者のように、否認事件、認め事件(情状事件)という区別に拘ることなく、「事案の本質をつかんで、判断しようとしている」ということでした。

 

 

つまり、形式的には、否認事件の形をとっていても(例えば、責任能力を争っていても)、

問題の本質が「情状」である場合は、情状にかかわる事実をよく吟味しており、

「本当にこの人に刑罰を科す意味があるのか」、という観点から、悩み考えて、判断しているということでした。

 

 

一例をあげると、高齢者が起こした準強制わいせつ致傷事件の場合は、

けっして、「高齢になっているにもかかわらず、性犯罪などという恥ずかしい罪を犯すような被告人」という否定的な目で見ているわけではなく、

問題の本質が「高齢者の性」にあることをしっかりととらえておられ、

(担当弁護士がたまたま若い弁護士だったようですが)、

弁護人が、「あの若さで本当に高齢者の性を理解できているのだろうか。

自分と同じくらいの年齢に達していなければ、本当には理解できないのではないだろうか。」と、

お叱りともとれる言葉をおっしゃっておられました。

 

看護殺人の事件では、検察官や弁護士が設定した争点(被害者の承諾や責任能力)が本質なのではなく、

犯行に至った経緯を理解することが事件の本質であり、量刑を決める一番重要な要素であることを、直観的に理解しておられました。

 

また、介護殺人の事案では、これまでの介護の経緯や本人の資質に照らして、最後の最後まで量刑で悩み続け、時間ギリギリまで評議しておられたようでした。

 

従来の裁判官裁判では、「否認事件こそ、刑事事件の華」とされてきた、従前の刑事弁護の歴史から、

法律上の争点にばかり焦点があてられ、

認め事件だと、途端に、軽く扱われてしまう傾向がありました。

 

ですから、弁護人の方も、何とかして否認事件の形に持ち込もうと、

本筋の主張ではないことがわかっていても、否認の形態に拘り続ける面があったのですが、

裁判員は、過去の経験がない分、「否認事件」か「認め事件」かといった形式にはこだわっておらず、

その事件の本質を見抜いて、本質に沿った判断をしようとしていることを強く感じました。

 

裁判員裁判事件には、形式的には、否認事件の形をとっているけれど、

実質的には、犯行に至るまでの経緯や動機が本質にある情状事件は少なくありません。

もちろん、事実関係には争いのない、認め事件も多数あります。

 

従来の裁判官裁判では、ほとんど無視されてきた、

被告人の成育歴や、虐待・暴力の存在(かって、被告人は被害者であったことなど)、

厳しい家庭環境や、社会的孤立、発達障害の存在などが絡んでいるケースも、

「なぜ、この被告人が犯行に至ったのか」、

「本当にこの人に刑罰を科す意味(必要)があるのか」、

「刑罰を科す必要があるとしても、それはどの程度の期間でなければならないのか」という観点からとらえ直して、

裁判員裁判で主張していく余地はあるのではないかと考えています。

 

重要なのは、人間に対する深い共感力や洞察力、犯罪を犯してしまった人にも深い愛情と理解をもって臨もうとする

「人間性そのもの」ではないでしょうか。

 

このような人間力に基づく刑事弁護を展開するために、裁判員裁判であっても、単独での受任もしていきたいと考えています。

 

裁判員裁判事件では、国選弁護では、2名の弁護士がつきますが、弁護人を選ぶことは出来ません。

どんな弁護人がつくはは、「運まかせ」ですから、結果的に、あまり被告人を理解してくれない弁護士にあたってしまう場合も多いものです。

かといって、私選で弁護士を2名を選ぼうとすると、弁護士費用が高額になってしまいます。 

 

事案の内容や難易度にもよりますが、(連日開廷があまりに長期に及ぶ事案では、弁護人1人では耐えられない等)、

審理日数が少ない裁判員事件も、実はかなり多いのです。

 

被告人が悪いことはをしたのはわかっている、

しかし、事件を表面的にみるのではなく、深い洞察をもって裁判を見てもらいたいとお考えの方は、是非、一度ご相談下さい。

 

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