実際の薬物事件から…

実際の薬物事件から…

 

【薬物事件の実際  一部執行猶予制度の導入 】

実際の薬物事件では、覚せい剤の使用・所持が圧倒的に多数です。

一度使用するとやめられず、依存症となり、

執行猶予判決を受けても、猶予中にまた再犯してしまう、

受刑を経験しても、出所後、短期間で再使用してしまう、といったことを繰り返し、

裁判のたびに刑期が長くなっていきます。

結局、刑務所と社会の間を往復する人生を送ることになってしまうのです。

 

このような薬物事案の再犯率の高さに着目して、「刑の一部執行猶予」の制度が導入されました。

最近は、この一部執行猶予をめぐる攻防の事例が出てきています。

 

一部執行猶予制度は、もともとは、2008年頃にピークを迎えていた、刑務所の「過剰収容」対策として出てきたものですが、

平成25年6月、「刑法等の一部を改正する法律」と「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」が成立し、平成28年6月1日から施行されました。

 

この制度は、受刑が初めての人であれば、罪名を問わず、懲役3年以下の刑を言い渡される場合に適用できるのですが、

薬物犯については、2回目以降の受刑になる場合であっても適用できることになっています。

薬物犯の高い再犯率を下げていくことを狙ったもので、実際の適用事例も大半は薬物犯です。

(従来の量刑で、全部執行猶予だったものは変わらず全部猶予になるとされているので、

薬物以外の他の罪名で、一部執行猶予に適した事案は少ないでしょう)。

 

一部執行猶予判決がつく場合は、例えば、具体的に例を挙げて考えると、

「懲役2年4月に処する。その刑の一部である懲役6月の刑の執行を3年間猶予し、その猶予の期間中、被告人を保護観察に付する」、という判決があったとすると、

2年4か月の懲役刑のうち、受刑するのは1年10か月でよく、(刑務所内での受刑態度がよければ、従来とおり、仮釈放も付きます)、残りの6か月は、刑の執行を3年間猶予してもらえるかわりに、その間、保護観察が付されて、保護観察所で薬物離脱プログラムを受けたり、薬物検査を受けたり、保護司のところへ面会に行ったりしないといけないというものです。

 

この一部執行猶予制度の制度趣旨は、施設内処遇(受刑)と社会内処遇(保護観察付執行猶予)をうまく連携させて、再犯を防止することです。

今までも、出所時に、仮釈放になれば、仮釈放期間中は保護観察がついていたのですが、仮釈放ではあまり長期間は確保できないため(1,2か月しかないとか。優良受刑者の場合で8か月くらいでしょうか…)、受刑を終えてきた後の社会内での監督やサポートが十分できませんでした。

 

そこで、刑の一部の執行を猶予する代わりに、2年~3年程度の比較的長期にわたる保護観察を付けて、社会内処遇の期間を長くして、薬物離脱プログラムを受けさせるなどして、再犯を防ぐことにしたのです。

 

保護観察所では、最初の3か月のうちに、5回の薬物離脱プログラムが実施され、あとは、月1回の維持プログラム、薬物検査などが実施されます。もちろん、従来どおり、保護観察官や保護司による面談があります。

 

ただ、この一部執行猶予制度は、実刑部分と執行猶予部分の配分や、保護観察に付される期間の割合等によっては、現在の刑罰が重罰化され、保安処分と異ならないことになりかねないという危険性もあります。

従来よりも執行猶予の取消しも簡単にできることになっていますから、刑期が短くなるからといって、安易に飛びつくのは危険なのです。

 

このように、実施前は、その危険性を強く指摘する声の上がっていた一部執行猶予制度ですが、いざ実施されてみると、被告人の皆さんは、刑の一部執行猶予の適用を望むケースが多いという印象を受けます。

 

被告人としては、やはり、1日でも早く社会に戻って、社会復帰したいし、

逮捕されて、裁判になっているときには、「もう二度と薬物なんか使用したくない」「絶対にやめる」と、真剣に思っているからだと思われます。

保護観察についても、薬物検査などを受けられることで、自分を抑止できると、肯定的にとらえているケースが多いと感じられます。

しかし、裁判所は、あまり一部執行猶予判決を出そうとはしておらず、抑制的に適用しようと考えているようです。

 

 

そんな状況の中、私のところでは、アパリとの連携のもと、現在2件の一部執行猶予判決が出ています。

現在、3件目は控訴中です。

 

1 一部執行猶予の事例①

1件目は、幼少期に両親から養育を受けられず、児童養護施設で育ったというケースでした。

常に、心の中に淋しさが漂い、誰かそばにいてくれる人に過剰に頼ろうとします。

親にさえ愛されなかったのに、自分を誰が愛してくれるのだろう…という思いが心によぎるのでしょうか。

自分に自信がなく、自分には価値がない気がして、強い自己否定感に支配されています。

このような成育歴は、本人のせいではないため、とても気の毒なケースでした。

 

しかし、過去を嘆いていてもどうにもなりません。

自分が成育歴からどのような影響を受けているのか、直視して、乗り越えていくしかありません。

新しい視点や新しい生き方を積極的に取り入れて、人生を変えていく努力をしなければ、幸せで平穏な生活は手に入らないのです。

 

このケースでは、アパリとの連携のもと、保釈を得て、病院での短期間の入院治療とダルクへの体験入寮を経験してもらい、出所時に再びダルクへ入寮する意欲を高めてもらいました。

病院で自分の薬物を使用する際に「引き金」を理解し、ダルクへの体験入寮で、正直に話すことを体験した被告人には変化が出てきていました。

 

判決は、懲役2年4月、その一部である6月を3年間猶予し、その猶予の期間中、保護観察に付す、

というものでした。(別罪の併合あり)。

弁護人としては、もうちょっと軽くても良いのではないかと思っていますが、まだ制度施行から間もない時期なので、やむを得ません。

 

2 一部執行猶予の事例②

覚せい剤使用2罪のケースです。

過去の事業失敗で、パニック障害やうつ病になり、その心の苦しみや不安から現実逃避するために、違法薬物を使用するようになってしまったケースでした。

既に受刑も経験しており、累犯でした。

 

一度、尿を提出して家に帰されたのに、その後、不安に耐え切れずに、また再使用してしまい、2罪となっていました。

捜査中の再使用や、保釈中の再使用は、一般的には刑が加重される要因とされています。

規範違反が強いからというのがその理由のようですが、依存症系の犯罪の場合は、本人の性質が悪質で、規範をあえて無視して大胆な行動に出ているというよりは、疾患が重くなりつつあり、不安感に堪え切れなくなっていて、もはや自分の意思では自分の行動を制御できなくなりつつあることを示しています。

ただちに医療的な対処を取った方がよいケースといえるでしょう。

 

私の印象では、この被告人は、薬物依存は進みかかっているものの、本人の性格や資質は決して悪くはありませんでした。

両親もまっとうで、協力的でした。

本人は本気でまともな世界へ戻りたいと、本人なりに努力してもがいていましたが、薬物依存のせいで何もかもが裏目に出ている状態でした。

しかし、医療的措置を施してやり、その後、適切な環境へおいて、回復への道筋を示してやれば、ほぼ確実に回復するな…と感じられるケースだったのです。

 

 このような事情のもと、このケースでも、アパリとの連携のもと、病院で入院予約までとって、送迎の準備までしたのですが、裁判所が保釈の許可を認めませんでした。

理由はよくわかりません。

裁判官は、精神科医の意見書や医師の証人尋問が請求されて、審理が長引くと思ったようです。

この事件は国選事件で、お金もなかったため、そんな予定は全くなかったのですが…。

3回、保釈請求をして、全部棄却されました。

 

最後は、裁判官面談や高裁での抗告面談時に、「どうして治療行為を妨害するのか。治療して、再犯を防止し、市民としての地位を取り戻したいと願うのは当然のことで、むしろ、裁判所は、積極的に推進しこそすれ、妨害する理由などないのではないか。情状立証を制約する目的で、保釈すべき事案で保釈を認めず、身体拘束で押さえつけるのは違憲・違法だ。」

「あなたたちのやっていることは、かってイギリス人がインド人を権力と暴力で押さえつけていたように人権侵害だ。インド人がイギリス人に抗議し続けたように、我々も何度でも抗議する。」と言い放ちました。

 

保釈を制限して、治療を認めず、情状立証を制約する。

治療は受刑後にやればいいのだから、裁判はさっさと終えて、受刑すればいいのだという価値観には、怒りが抑えられませんでしたが、

判決は、「懲役2年4月、未決勾留日数70日算入、刑の一部である6月の執行を2年間猶予し、その間保護観察に付する」というもので、一部執行猶予がついており、このケースの具体的事情からすると、軽く感じられる内容でした。

 

 

 3件目は、裁判所の考え方になっているという「小池論文」というものに沿って、事件の個別具体的な事情に照らした量刑論を展開したものです。まだ結果は出ていません。

一部執行猶予と全部実刑との関係は、重くもなく、軽くもなく、一部執行猶予は、あくまで「特別予防のための実刑のヴァリエーションにすぎない」とされているのですが、そうすると、そもそも控訴の利益はあるのか?というところから問題になりかねません。

そこまでは否定されていないようですが、まだ高裁で理論的な整理はされていないようです。

 

 

薬物犯の裁判は、一部執行猶予制度の適用事例が出始めている状態で、

いましばらく様子を見ないと、量刑がどんな方向に向かうのかはわからないですね。

 

  

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