情状弁護ビギナーズのコラム ~心に残っていること~

先の投稿で、情状弁護ビギナーズの第1回編集会議のことを書きました。

顔合わせをしただけで、まだ具体的内容は決まっていないのですが、

もし「―ちょっと休憩―」という感じの小さなコラムの欄があったら、何を書くかな?と考えたとき、

ずっと心の中に引っかかっていた出来事を思い出したので、まずは、このブログに書いてみたいと思います。

 

1つ目は、昨年、毎年恒例の日弁連人権擁護委員会第3部会での刑務所訪問の翌日、

せっかく北海道の旭川まで来たのだから…と旭川動物園を訪れたときのエピソードです。

 

冬なので、暖かさを好む動物たちは、外には出ず、部屋の中にいるわけですが、チンパンジーの部屋の前に来たとき、

1頭のチンパンジーが床の上に、ござのような物を下に敷いて、寝転がっていました。

 

その様子を見たとき、一緒に園内を回っていた先輩弁護士が、半分冗談に、

「あ!、僕、刑務所で、これにそっくりな人、何回も見たことあるよ。」と言ったのです。

 

不謹慎なのかもしれませんが、私は、思わず吹き出して、笑ってしまいました。

その例えがあまりに言い得て妙だったからです。

そのとき撮った写真がこれ!

 

 【旭川動物園のチンパンジー舎の前で 2014年2月】

 

 

この一番左側の床に横たわっているチンパンジーさんの雰囲気が、刑務所見学のときに見た受刑者の人たちと本当にそっくりだったのです。

 

ただし、私がそれを見たのは、見学先の旭川刑務所ではなくて、(旭川は建て替えが進行していて、かなり綺麗な印象だった)、

その前年に見学に行った徳島刑務所だったような気がします。

(先輩弁護士は、「何回も見た」と言っていましたから、他の刑事施設でも見ているのでしょうね)。

 

 

暖房のない刑務所の中で、(工場で休憩する場所や食事をとる所などにはところどころに暖房があり、全くないわけではないのですが、居室には暖房はありませんでした)、

唯一、室温調整ができる冷暖房機(クーラー機が壁についていた)がついている部屋に、

自力で体温調整ができなくなった病人や老人と思われる人達が、

床の上に、このござを敷いているチンパンジーさんとそっくりの姿で、何人も横たわっていたのです。

 

ここで、刑務所の名誉のために付け加えていくと、刑務所は、体調が悪くて、もはや自力で体温調整できなくなっている人たちのために、何とかしてやろうとして、精一杯のことをしていました。

そして、その取り得る唯一の方法が、居室内に冷暖房機がついている部屋に、そういう人たちを全部集めて、床に寝ころがせておくことだったわけです。

(普通の人の居室には冷暖房はないし、夕方にならないと横臥は禁止ですから)。

 

たぶん、どんな方でも、これを見たら、「日本って、こんな国だったの?」って思うと思います。

 

あまりジロジロ見るわけにいかなかったので、床に寝転がっている人たちの年齢層の詳細までは覚えていませんが、

基本的には、高齢にさしかかってきている人たちだったのではないかと思います。

(まだ若くて元気な人は、自力で体温調節ができて、居室で何とか耐えているでしょうから…)。

 

イタリアでは、70歳以上の人は、別の施設へ行き、刑務所に収容されることはないと聞きました。

それが常識で、80歳以上のような老人でも刑務所に送って、こんな処遇をしている日本は、少し頭がおかしいのではないかと思います。

 

 

2つ目のエピソードは、他府県の簡易裁判所で、職権発動せずとされ、制限住居の変更を許可してもらえなかったケースです。

制限住居変更の希望先は、クレプトマニア治療で有名な赤城高原ホスピタルでした。

 

執行猶予中の再犯の事例でしたが、クレプトマニアと思われ、その他にも摂食障害やアルコール依存、PTSDなどの診断を受けていました。

 

一審である簡裁では、クレプトマニアの主張を十分できないまま、審理を終えてしまったたため、その後、控訴審で、私の所に相談に来られた方でした。

一審判決後、私が関与する前に、既に保釈が認められている状態でした。

 

判決後、保釈を得た被告人が、クレプトマニアの治療で有名な赤城高原ホスピタルを受診したところ、

竹村道夫医師が「あなたは重症だから、すぐ入院しなさい」と、ただちに入院できるように、特別に取り計らって下さったのです。

それを受けて、私が、自宅から赤城への制限住居の変更申請をしたのでした。

 

普通の裁判官なら、認めるでしょう。

既に保釈されていて、外に出ているわけですから、自宅から赤城へ移ったところで、保釈の趣旨を害するような弊害(たとえば、証拠隠滅のおそれだとか、逃亡のおそれだとか、新しい制限住所地が被告人にとって不適切な場所だとか…)は何もありません。

控訴審では、被告人の出頭さえ必要ないのですから、

被告人が自宅にいようが、病院に入院して治療していようが、裁判所からみれば何の違いもなく、

実際、裁判官は公判の日まで、被告人がどこでどうしているかなんて、何の関心も持っていないはずです。

(たぶん、思い出しさえしないでしょう。審理の日に、人定質問で住所を言わせる際に、あ、そうか、この被告人は入院中で、住所地は病院になるんだったっけ…と思い出す程度でしょう)。

 

 

私は、何の疑いもなく、裁判所が制限住居の変更は認めるものと思っていました。

ところが!、なんと!

その簡易裁判所の裁判官は、「職権発動せず」と言ってきたのです。

つまり、赤城高原ホスピタルへの入院は認めない、あくまで自宅にいろ!というわけです。

私は、びっくりして、簡易裁判所に電話して、裁判官と電話面談を求めました。

 

 

電話で事情を説明し、赤城へ入院して治療をしたいだけだ、

この被告人を自宅へおいていても仕方がない、

治療目的で赤城へ行くのがなぜダメなのですか?と尋ねるのですが、納得できる回答はなく、

(裁判官は裁判官で、私の話が納得できないのでしょうね)、会話は平行線をたどりました。

 

どういう会話の流れだったかまでは、もう覚えていませんが、確か、

クレプトマニアの主張が正しいかどうかについては、ご意見もあるだろうが、

それは高裁が控訴審で判断することだし、

なぜ、既に保釈されているこの被告人について、病院への制限住居を変更を認めていただけないのか?という趣旨のことを思います。

すると、その裁判官は、「私も大阪高裁にいましたからね、どうのこうの…」と言うのです。

 

え!?、大阪高裁にいた!?

確かに、声のトーンや口調は、知的でインテリジェントな感じはするのです。

でも、言っている内容は、私には意味不明でした。

この人が大阪高裁の裁判官だった?、マジで!?

 

私は、今でも、なぜ保釈されていたあの被告人が赤城へ入院するのを許可してもらえなかったのか、全く理解できません。

要するに、その裁判官にとっては、その被告人が「気にいらない」というだけなのではないでしょうか。

 

 

記録を謄写して見てみると(制限住居の変更申請の段階では、私の手元には一審記録はありませんでした)、

その裁判官は、大阪高裁で裁判長を務め、定年後、簡易裁判所へうつられた方でした。

 

(正直、のけぞって驚きました。

そんな地位までのぼりつめた優秀な裁判官が、なぜ赤城への制限住居の変更を不許可にするのか?、

私はてっきり、書記官あがりの裁判官なのだろうと思っていたのです。

 

余談ですが、私は、簡裁で、過失傷害事件の否認事件で、被害者尋問、目撃者の尋問、被告人質問と、3回連続の期日で、

3回とも、裁判官が交代してしまった経験がありました。

1回目の交代のときは、弁論の更新がないまま終わりかかったので、「弁論の更新…、更新」と書記官にささやきました。

2回目の交代のときは、目撃者尋問を終えて、次回の被告人質問の期日を決めようとすると、「私は7月で退官しますから、被告人質問はそのあとで」と言われ、「………」と沈黙しました。

 

そんな経験もあって、きっとたまたま、裁判官の当たりが悪かったかったんだろうな…と思っていたのです。

なのに、高裁の裁判長ですって????

どういうこと?????)

 

しかも、記録をみてみると、対立当事者である検察官は、制限住居の変更申請に対して、「しかるべく」という意見を出していたのです!

検察官としては、クレプトマニアという診断には納得はしていないが、アルコール依存とPTSDについては、治療の必要性が認められるため、上記意見としましたという電話聴取書がありました。

 

つまり、弁護人が赤城治療させてほしいと申立てをし、検察官も「まぁ、仕方ないですね。結構ですよ。」と意見を述べている事案で、

高裁の裁判長まで務めた裁判官が、「赤城へ行って、治療するのは許さん。自宅にいろ!」と言っているわけです。

当事者双方が了承していて、行先も病院なのに、裁判官がそこまでする必要があるのでしょうか。

あまりにも個人的な嗜好や価値観が前に出すぎていて(依存症系が嫌いな人なのでしょう)、裁判官の態度としては不適切だと感じました。

 

困ったのは、裁判所の職権不発動に対しては、抗告ができないとされている点でした。

抗告の対象がないとされてしまうわけです。

弁護側には、打つ手がないわけです。

それでも、先輩弁護士の知恵を借りながら、高裁の裁判例を探し出し、抗告しましたが、

大阪高裁の係属部は、3週間の夏休み前のやっつけ仕事のように、抗告を棄却しました。

(たぶん、何にも悩んでいないと思います)。

結局、この被告人のケースでは、せっかく赤城へ入院できる手配が整っていたのに、裁判所が職権を発動しなかったせいで、その機会は流れてしまいました。

 

(後日、高裁に記録が移動した後、係属部(正確には夏休み中の姉妹部)で制限住居の変更を認めてもらって、

ベッドの調整をして、赤城へ入院しましたが、当初の入院予定日から1ヶ月以上が経過しており、

その間は時間は無駄になってしまいました。

あの1ヶ月があれば、もう少し治療が進んで、結果も違っていたのに…と思います。)。

 

ちなみに、抗告が係属した部の高裁の裁判長も、依存症系なんて大嫌いという感じの方ですが、その数週間後に定年を迎え、簡易裁判所の裁判官になっていました。

 

しかし、何度考えてみても、自宅から赤城への制限住居の変更が認められない理由などないでしょう。

要するに、高裁の裁判長たちが(定年退官する人は65歳のお誕生日がきた人だし、裁判長になっている時点で60代ですよね)が、依存症系のクレプトマニアを理解できず、「気に入らない」だけなのです。

 

万引きという悪いことをしたとはいえ、そこに至るまでには様々な事情があったのであって、

自分だけの力では、もはや葛藤を解消できず状態に陥って、苦しんでいる被告人のことを思うと、

病院にさえ行かせてもらえないことが本当に悔しくて、私は、涙が出てしまいました。

 

皆さん、どう思いますか?

いくら何でも、ひどいと思いませんか?

 

クレプトマニアの主張を認め、量刑を変更するかどうかは、控訴審の裁判で決める事項ですから、結果がどうなるかはわからないにしても、

既に保釈が許可されている中で、

裁判を待つ間(普通にやっても、3、4か月はかかる)、犯行を至った原因を見つめて、再犯防止に努めるために、

病院に入院して、治療を受ける機会くらいは与えてもいいのではないでしょうか。

控訴審を待っている間なんて、被告人がどこにいても全く同じなのだから…。

 

この程度の意識改革は、当然に必要な時代がきていると、私は考えています。

 

 

堀川戎に行ってきました ~今年の残り福~

今日は、夜、事務所から少し足をのばして、堀川戎の残り福に行ってきました。

去年の福笹はこれ。

(ちょっと余計なものも写っていますが…)。

 

 

 

 

 

去年はいっぱいおまけしてもらえて、お飾りが、これでもか!というくらい、ジャラジャラついていました。

それにちょっと味を占めて、今年も期待して、残り福へ。

 

で、今年の福笹はこれを買いました。

(どう?ちょっとグレードアップした?)

 

 

 

あまりわかってないのですが、小俵?っていうんでしょうか?

残り1つです!と売っていた大俵を見て、「いいなぁ、あれ、欲しいなぁ…」とは思ったけれど、

さすがにあまりにお高そうだったので(他の人が尋ねているのを聞くと、5万円と言っていたような…)、

小さい方にすることに。

 

やっぱり少しずついかないとね。

本当は、これに鯛とか、千両箱とかをつけたかったんですが、今年はもうお飾りが売り切れてしまっていたようでした。

ミス福娘に、「鯛はもうございません」と言われちゃいました。(あちゃ!)

 

 

ま、仕方ないわね!

でも、来年は、あの大俵が買えるくらいになりたいなぁ…。

 

 

おみくじを引くと、(おみくじは、大吉か、半吉かなんてどうでもいいんです。

そこに書いてある文章が、神様からのメッセージで重要なんです。)

「功を急げば失敗に終わる。たゆまず怠らざればやがて思ふことを成就すべし」とのこと。

 

 

 

除夜の鐘を聞いた後お参りした、自宅近くの神社で引いたおみくじでも同じようなことを言われた気が…。

要するに、地道に、少しずつ、目の前の仕事をしろということですね。

 

しょうがない、また1年、目の前のことを1つ、1つやるしかないかぁ。(T_T)

 

戎さま、何とか頑張りますので、今年も1年、しっかり儲かりますように! (^-^)

 

 

 

 

情状弁護ビギナーズ編集会議 @京都河原町

情状弁護ビギナーズ編集会議に参加してきました。

奈良弁護士会の菅原直美先生と成城大学教授の指宿信先生を中心に、6人のメンバーが集まりました。

京都の戸田洋平先生、滋賀の佐藤正子先生、埼玉の林大悟先生、で、大阪の私の6人です。

 

 

 

 

京都河原町にあるフレンチレストランで、情状弁護ビギナーズ第1回編集会議、兼、初顔合せ!

(といっても、私は全員お知り合いでしたが…。一部初めて同士の方もいました。)

 

 

新年会だし、初顔合わせだし、お料理とワインを楽しむだけかと思いきや、アイディアと意見が出る、出る!

とても充実した初顔合わせになりました。(^-^)

 

  

  

 

 

この企画を取り仕切ってくれた奈良の菅原さんによると、これは、昨年夏に大阪弁護士会館で行われた、

近弁連の夏期研修(テーマは、「情状弁護」でした)で、

各単位会からの登壇者の一人だった私の一言から始まったとのことでした。

 

 

「えー?!、私、何言ったっけ?。いやー、何か言ったっけな?」と当の私は、すっかり忘れているわけですが、

菅原さんによると、私は、自分の発表事例のコメントの中で、

「情状弁護は、(今までのやる気のないおじいちゃん弁護との比較もあって)、

期の若い、まだ弁護士になりたてのような人の、「熱意(だけ)で頑張りました!」的なものととらえられ、

(否認事件に比較して)、非常に価値の低いもの、スキル的にも低いものと見られているが、そうではない。

本来、情状弁護というのは、否認事件の先にある、医療や福祉、心理学、社会学などを取り込んだ、現代的で科学的なものなのだ」という話をしたとのことでした。。

それに菅原さんと指宿先生が共感して下さり、この企画が立ちあがったのだそうです。

 

そうそう、それは言った、言った!

私は、いつも、今でも、真剣にそう思っています。

 

刑事弁護では、「無罪事件こそ華」とされています。

公権力に対して闘うイメージとか、訴追された人が「無罪になる!」という結果が、非常に華々しくて、わかりやすいのでしょう。

もちろん、技術的にも難しい面もありますし…。

 

しかし、「罪を犯していない人を罰してはいけない」という理屈そのものは、極めて単純で、中学生くらいになれば、誰にでもわかるようなレベルの話なのです。

 

それに対して、情状弁護は、罪を犯した人に対して、我々社会がいかに向き合っていくかという問題で、

成熟した社会でなければ出来ないこと、

つまり、中学生レベルの未成熟な精神では理解できず、大人として成熟した精神が要求される世界なのです。

無辜の者を罰しないという否認事件の、その先にある世界といいましょうか。

けっして、無罪事件に従属した、無罪事件の下にあるようなものではありません。

 

さらに、社会的なニーズの視点からみても、

否認事件は、一部否認をかき集めてもせいぜい全体の1割くらいしかないんじゃないかと思うのですが、
(きちんと調べていないので不正確です)、

情状弁護はその残り全て、つまり、刑事弁護の9割くらいを占める広大な世界で、ニーズは極めて高いのです。

 

 

しかし、今までの刑事裁判は、なぜその人たちが犯罪に至るのか、どうすれば問題を解決できるのかについては、深く考えようとしませんでした。

犯罪に至る経緯や動機は、ありきたりの言葉で、抽象的にとらえられ、簡単に終わらせてきました。

犯罪事実を認めて、やったことに間違いがない以上、それ以上は深く見ようとはせず、

「犯罪を犯したんだから、そんな奴が罰せられるのは仕方がない。」

「刑事施設で受刑者達がどんなに苦しんでいようとも、それは全部、犯罪をしたその人間が悪いのだから自業自得だ。」

「食べさせてもらえるだけ、ありがたいと思え。」というような発想がまかりとおってきました。

 

 

しかし、現代は、もう中世や近代ではありません。

医療や福祉、心理学や社会学など、科学はどんどん進歩しているのだから、

刑事裁判もこれらの成果を取り込んで、中学生レベルの話を卒業して、もっと成熟し、

無辜の者を処罰しないというレベルから上がって、罪を犯した人へ対応を考えるべきときが来ているのではないでしょうか。

 

そんな中での「情状弁護ビギナーズ」の企画には、従来の無罪弁護の世界に対して、

(いつもあの人たちの方がエライということになっていますよね)、

情状弁護を主とするメンバーたちが挑んでいこうとする心意気が表れているような気がします。

 

 

情状弁護ビギナーズは、当初は、ゆっくり来年あたりに出そうか…という話になっていたそうですが、

いや、それじゃダメだ、目指せ、今年の秋!という話になったようです。

(私もその方がいいと思います。一気に書き上げないと、ダラダラ寝かせてしまいますもの。)

 

 

私がどの部分を担当することになるのかはわかりませし、いざ書くとなると、通常業務もある中で、とってもきついスケジュールになると思いますが、何とか頑張ってみたいと思います。

編集委員がすべて書くわけではなくて、その他にもいろいろな方々に記事をお願いしたり、コラムをお願いしたりすることになりそうです。

 

乞うご期待!!!

 

 

あけましておめでとうございます ~年始のご挨拶~

あけましておめでとうございます。

今日からお仕事!

また、1年が始まりましたね。

 

 

 

 

 

ココ・シャネルは仕事が大好きで、日曜日が退屈でたまらず、早く月曜にならないかと待ちわびていたと何かの本で読んだ記憶がありますが、私はつくづく凡人です。

ああ、正月休みが終わってしまった、また月曜から仕事か…、

週末には尋問があるし、書面は何本かあげないといけないし…と思うと、気分はブルーなことこの上ない。

仕事は好きなんですが、月曜を心待ちにするシャネルの心境にはなれそうにないですね。

 

しかし、まぁ、一番ブルーなのは休みが終わる前日で、始まってしまえば、だんだんあきらめがついてくるというものです。

さぁ、コーヒーでも飲んで、また一頑張りしましょうか…、(^_^;)

 

昨年のクリスマスのころ、社会福祉士さんとの連携のもと(いわゆる「大阪方式」)、知的障がい者が再度の執行猶予判決をいただいた万引き事案で、保佐人になって下さった社会福祉士さんからメールがありました。

「あれから無事1年がたちました。

被告人は、不満も多少はあるけれど、施設で頑張って暮らしています。

またお手紙でも書いてあげて下さい」という近況報告でした。

 

ああ、そうだった、あの事件の判決が出たのはクリスマスのころだっけ…。

被告人が釈放されることになり、福祉関係者の方々が時間をさいてきて下さったけれど、

すぐ年末年始の休みに突入して、行政手続きができなくなり、

もし何か突発事態が起きると対応できないということで、結構大変だったのを覚えています。

 

(実際、被告人は環境が変わったことや精神的な緊張が影響したのか、お風呂場ですべって怪我をしたりしました。

刑事裁判から社会内処遇へ移行する場面で、人一人を支援していくというのは、結構、微妙で大変なことなんです)。

 

釈放の場面までくると、それまで奮闘していた弁護人の私には、だんだんすることがなくなっていき、

かわりに行政の福祉関係者の方々や、保佐人さんの出番へ。

皆様にはほんとうに大変なご苦労をおかけしました…。

 

 

しかし、あれから1年と聞いて、正直、驚きました。

 

「え、もう1年?」ではなく、「え、まだ1年?!」、「1年しかたってなかったっけ?」という驚き。

もっと時間がたったような…、2年くらいはたった気がする。

(確かに、判決をもらったのが年末で、必死で事件に対応していたのは、その数か月前なせいもあるのですが…)。

 

振り返ってみれば、この1年、結構がむしゃらに走っていたのだと思います。

そのせいで、主観的には、2年間くらいは経過しているような気がしてしまったのです。

 

昨年は、記録の丁数のあつい事件もいくつかあったものの、(それはそれで悪戦苦闘しました)、

従来だったら、1回結審か、せいぜい2回結審くらいで終わってしまうような、

これはどうにもならないですよと言われて終わり!のような事件、

例えば、覚せい剤依存(執行猶予中の再犯)、クレプトマニア(これも何度も繰り返してしまう)、

性犯罪(何度も同じ行為を繰り返したり、突然不可解な行動に出るような事案)や、

ストーカー(前々からやりたいなと思っていたので、これから追及していくところですね)といったような事件を、

なぜこの被告人が犯罪をしてしまうのか、どんな心理が働いてこういう行動に出るのか、掘り下げて追及した1年でした。

 

(私は、刑事裁判に問題を解決する力があるとは思っていないけれど、少なくとも解決の糸口にはしたいとは思っています。

「量刑相場ではこうなります」、

「今の刑事裁判では、こう処理することになっているんです」、

「これで正しいことになっています」、というだけで終わるのは嫌なのです。

自分がそうされたら、すごく悔しいし、無念だと思うからです。

自分が悪いことをした以上、裁かれるのは仕方がないということはわかる、

でも、裁くなら、きちんと真実を語ってから裁いてほしい。

事件の表面だけなでさすって、わかったことにして、右から左へ流さないでほしい」と、

私が被告人だったらそう思うと思うのです)。

 

各事件では、最初のうちは、なぜこの被告人がこんな行動に出るのか、「謎の世界」ですから、
限られた時間の中を、結論はわからないまま、手探りで進んでいくことになります。

 

裁判官は、最初はいかにも疑わしそうな目で私をながめます。

しかし、こちらの正直さと熱心さに、怪訝そうな顔をしつつも、証拠採用はして、尋問は聞いてくれるのです。

しかし、日程はつめられてしまうので、その間に問題を分析し、当事者(被告人本人、妻、親ですね)を尋問に出せる状態まで仕上げていく作業は、非常にきつい作業になります。

ただ、全て終わって、原因(真実)がわかってみると、驚くほど学ぶところがたくさんありました。

 

医師の先生方、心理士の先生方には、本当にお世話になりました。

医師の 意見書も見慣れてきたというか、書式は同じなのですが、1年前に見ていた時の理解とは格段の違いです。

心理士の先生方の分析についていくのも、だんだん板についてきて、最近では心理分析の結果を聞くのを楽しみにするようになりました。

 

今日も、SOMECの心理士さんと電話で週末の尋問の打ち合わせのをしたところです。

私自身もカウンセラー的な要素はもっているらしきものの、心理学を勉強したわけではありませんので、やっぱり本職は違います。

弁護士だけではたどりつけない、いろいろな気付きを与えていただけるので、心理士さんの分析を聞くのは大好きです ♪

(毎回、とても楽しみにしています)。

 

そんなわけで、昨年は、主観的には2年に感じるくらい走り続けた1年間でしたが、

(特に、秋から冬にかけては、毎年ピッチがあがってきて、とってもキツイのはなぜだろう?

刑事事件全体の流れなのでしょうかか、それとも、偶然なのでしょうか…)、

今年も走り出したら、自分の意思では止まれなくなるのでしょうね…。(今から戦々恐々です)。

 

すべては目の前の事件に全力を尽くすことから始まるをモットーに、また1年やっていきたいと思います。

千里の道も一歩から!

 

皆さま、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

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