木津川ダルク開設記念フォーラムにて ~薬物で止まった人生を取り戻すために~

この週末、6月14日(土)と15日(日)は、いつもお世話になっている加藤武士さんが代表を務める

木津川ダルク開設記念フォーラムに参加してきました。

 

 

 

 

木津駅で降りて、いずみホールを探す…、

たまたま遠方(北陸の方から来られていましたよ)から来られた入所者のご両親と駅前の地図の前でご一緒したのでたどりつけましたが、一人だったら、たどりつけたかどうか…、危なかったかもしれません(笑)。

 

 

1日目は、勉強会の日で、

東京ダルクの森田邦雄さん、

NPO法人アパリの尾田真言さん、

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所、薬物依存研究部の嶋根卓也さんのお話でした。

 

特に、嶋根さんのお話は、「脱法ドラッグを使う若者たち、~変わる薬物・変わる治療~」というもので、興味深かったです。

過去に脱法ドラッグを使用してしまった若者を見ていると、脱法ドラッグって本当に恐ろしいなと思います。

症状が重いですよね…。

 

 

2日目は、メインの木津川ダルク記念フォーラムの日だったので、会場は満員状態でした。

木津川ダルク入所者の言葉、各地のダルク責任者たちの言葉があり、木津川で取り組み始めたヨガのお話がありました。

シンポジウムは、龍谷大学の石塚伸一先生、アパリ理事長近藤恒夫氏、汐の宮温泉病院の精神科医中元総一郎先生、

奈良保護観察所保護観察官の西崎勝則氏のお話でした。

 

(中元先生の写真だけ撮り忘れました。ごめんね、中元先生!)

 

時間がおして、最後は少し短くなってしまいましたが、保護観察所のお話がもう少し聞きたかったですね。

 

2日を通じて一番心に残った言葉は、初日にお聞きした

「薬物依存症者は、薬物を使用している期間、人間的成長が止まってしまう」というお話でした。

例えば、15歳から薬物を使い始めたら、物理的な年齢は30歳であっても、精神年齢は15歳のまま、人間的成長が止まってしまうということです。

 

本来であれば、人生を生きていくうちに、困難な出来事にぶつかり、いろいろな思いをめぐらせながら努力し、

失敗したり成功したりしながら乗り越えていく、

他者との関係でももまれていく…といった体験をして、人間的に成長していくのに、

薬物を使用するようになると、心身ともに痛めつけられてしまいますし、他人ともまともな関係は持てなくなります。

さらに、困難な出来事や悩みにぶつかったときに、正面から向き合うのではなく、

そこを薬物を使用することでストレスから逃げて、スルーしてしまいますから、

それらの影響で、人間的が成長が止まってしまうのでしょう。

 

嶋根先生によると、何年使っているかよりも、何歳から使い始めたかの方が影響が大きいとのことでした。

(確かに、薬物関係の被告人は、精神が幼く感じることが多いですよね…)。

 

少年のころから薬物を使用してしまった人と、

成人して、ある程度の年齢に達してから、薬物を使用してしまった人とでは、回復に必要なものも違ってくるようです。

 

 

前者の場合、薬物で止まってしまった成長の遅れをどうやって埋めていけばよいのか…。

非常に難しい話ですが、まずは、出来るだけ早い段階で薬物から引き離し、社会に比して遅れている年数を最小限に食い止め、

ダルクのような施設に入れることも検討して、再出発させていくしかないように思います。

 

ここで刑務所に入れてしまうと、刑務所には確かに薬物はなく、一時的に薬物から遠ざけることはできますが、

刑務所には、社会から隔離された単調な生活しかないので、

また受刑の年数を上乗せして、人間的成長が遅れてしまいます。

 

その結果、刑期を終了して出しても、薬物依存症は全く治っていないわ、精神年齢は低いままで社会生活は送れないわ

そうすると、遠からず、また薬物へ逃避して再犯するしかない…という悲惨な状態に陥ってしまいます。

 

そう考えれば、止める意思のない者は仕方がないとしても、

治療して回復しようという意思のある者、そのための環境が整っている者については、

受刑よりも、社会の中でクリーンな生活を維持する努力をさせることを優先すべきだと思います。

 

その際、いきなり都会だと誘惑が多すぎて負けてしまう可能性も高いので、

最初は、木津川ダルクのように、田舎で周囲には畑と自然以外に何もないところで再出発させてみる。

それから、その人の個性や、なぜ薬物依存に陥っているかという原因、薬物依存症からの回復の程度、

社会復帰に適した自覚や意思をもてているか等を観察して、確認しながら、

これが出来ている者については、徐々に規制を緩め、

出来るだけ早期に、居住場所などもその人の社会復帰に合った場所に移していく…。

(希望の職によって、行くべき場所は違うでしょう)。

 

こういう方法が、薬物問題解決と本人の社会復帰のための、最も合理的な手法ではないでしょうか。

 

そんなことを考えながら参加した木津川ダルク記念フォーラムでした。

 

 

PS:これは私の個人的見解ですが、私はダルクにずっと居続ける人には、あまりいい印象は持っていません。

超重症者や、重複障害を抱えてどうしようもない人については仕方がないのですが、それほど重症ではないのなら、社会に出て職を探し、最初は少しずつ、生活保護で補てんしてもらいながらでもいいから、働くべきだと考えています。

 

以前、フォーラムのようなところで、かなり長い年数ダルクにおられると思われる方が話をされ、「俺様は傷ついている」と発言されたのを聞いたことがあるのですが、私は、「やかましい!いつまでそうしている気だ。働け!」と思ってしまいました。傷ついたのは事実であっても、傷がいえたら、そこから立ち上がっていくべきだと思うからです。

 

ですから、私の被告人達については、症状が重い時はけっして焦らないでほしいのですが、

心身が回復したら、自分の個性と適性を考え、社会の中で自分を生かすべく、

なすべき努力や我慢はきちんとして、職について、

社会で暮らす「普通の人」として社会復帰してもらいたいと考えています。

 

そのためには、一時期ドロップアウトしてしまった人であっても、

努力をした人は受け入れる、

履歴書がパーフェクトでなくても、ドロップアウトした経験も貴重な経験として尊重する、

そんな寛容な社会であってほしいと思っています。

 

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