汐ノ宮温泉病院における薬物依存治療プログラム

 昨日、大阪で薬物依存の治療に取り組む「汐ノ宮温泉病院」を訪問させていただき、薬物依存やアルコール依存への治療プログラムを実際に実施しているところを見学させていただきました。弁護士2名の他に精神保健福祉関係者も4名同行されました。

 この治療プログラムは、「条件反射制御法」という方法で、治療に取り組んでおられるのは、中元総一郎医師です。大阪で薬物依存の治療に取り組むため、昨年4月に千葉県にある下総精神医療センターから汐ノ宮温泉病院へ移転されました。

 薬物依存の状態にある人は、薬物の使用を繰り返す中で、薬物に関する条件反射が出来上がってしまっています。例えば、いつも薬物を使っていた場所へ行くと薬物を使いたくなったり、薬物を溶かすのにペットボトルを使っていた人は、水のペットボトルを見るだけで薬物のことを思い出してしまったり…という具合です。

 これは、私が薬物依存離脱プログラムの研修のため、ある刑務所を訪問させていただいたときに、担当官の方からお聞きした話ですが、薬物依存の人は、電車に乗っていて、偶然、きれいなジーンズ姿の女性のお尻を見たときに「薬物をやりたいな…」などと思ってしまったりすることもあるそうです。はた目には、なぜジーンズ姿の女性のお尻を見て薬物を思い出すのかさっぱりわかりませんが、薬物は性と結びついていることも多いためだと思われます。つまり、「きれいな女性のジーンズ姿のお尻→覚せい剤を思い出す」という回路が出来上がってしまっているのです。ちょうど、パブロフの犬の実験で、犬が飼い主の足音を聞くとよだれを垂らすのと同じ原理です。

 条件反射制御法による治療プログラムでは、この条件反射を抑制するために、わざと患者が以前薬物を使っていた状況を忠実に再現して、偽の注射器を使って打つふりまでしたりします。しかし、もちろん本当に薬物を打つわけではないので、薬物を使ったときのような報酬(快感)は身体にはありません。それを何度も何度も繰り返すうちに、だんだんと身体が刺激に慣れてきます。薬物を使っていたときのような動作をしたり、刺激が入ってきたりしても、何も報酬(快感)はないのだということを、身体が覚え始めるのです。すると、薬物依存だった人が、薬物を使用していたときのような刺激にさらされても、薬物を再使用してしまうことを避けられるようになるのです。この治療のためのキットとして、押し入れたピストンを引くときに、中に赤い血の逆流の偽物がでるように作られた注射器などもあります。覚せい剤を打つ人は、いったん針を血管に押し入れた後、一度ピストンを引いて注射器内の血液を逆流させて注射しますが、その状況を忠実に再現するための道具です。

 昨日見学させていただいた際には、中元医師がアルコール依存の患者さんに対応しておられました。ビールの缶を開けるふりをしてから、その後、アルコールフリーの偽ビールを飲むことを何度も繰り返します。繰り返しているうちに、患者さんの飲みっぷりが上がってきて、少しろれつが回らなくなってきたりするのですが、その時の身体や気持ちの変化などをそのたびにチェックシートに書き込んでいきます。このような作業を、最終的には200回繰り返すそうです。

 刑事裁判では、薬物依存状態の被告人に、「反省」を求め、再使用すると「意思が弱い」と責めて刑務所に入れています。しかし、いくら反省していても、意思の力では依存状態は克服できません。刑務所にいる間は、薬物は絶対に使えない状態にありますから、心も身体も落ち着いているのですが、出所すると外では薬物はいくらでも売っていますし、様々な誘惑や刺激にさらされるうちに、条件反射が起こって、数カ月のうちに耐え切れなくなり、再使用してしまうのです。これは意思の問題ではありません。

 実は、昨日の訪問の際には、偶然、NPO法人アパリが保釈された被告人の方を汐ノ宮病院へ連れてきて入院手続きをしていました。刑事裁判のような強制的な契機にさらされないと、薬物依存症の本人はなかなか治療に取り組むことができません。逆にいえば、刑事裁判のときというのは、医療上の治療や、薬物回復支援団体につながる絶好の機会なのです。

 今後、より多くの方々が中元医師のもとで、治療を受けられることを願っています。

 

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