治療的司法のウェクスラ―教授 from プエルトリコ大学

2017年9月1日(金曜日)は、東京出張。渋谷の國學院大學へ行ってきました。

東京は、猛暑が続いていた大阪に比べて、涼しい感じ。

 

第2回犯罪学合同大会・公開シンポジウムでしたが、5つの学会が集まっていたらしく、かなり広い会場がびっしり埋まるほどの盛況ぶりでした。

300人~400人くらい?もっといたのでしょうか?

座る席がないほどで、1時前に会場に入った私は、関係者席の真後ろに座りました。

関係者はいつもご一緒している方々ですし、その周辺にも、日弁連の人権大会や何かのシンポジウムなど、どこかでお見かけした顔ぶれが多くいらっしゃいました。

 

  

【司会の後藤弘子先生】          【ATA-net代表 石塚伸一先生】

【法務省矯正局から富山聡氏】

 

最初に、法務省矯正局から、富山聡氏の祝辞があり、その中には、「刑事施設内処遇はそれだけでは無力であり、施設外での各種機関との連携する必要がある」という言葉が…。

まさに、そのとおりですね。

 

そして、なんといっても、今回の目玉は、基調講演の「治療法学からの日本への提言」。

プエルトリコ大学から、治療的司法の権威であるデビッド・B・ウェクスラー教授が来日されて、講演して下さいました。

ウェクスラー教授は、プラハでも、日本の治療的司法チームのワークショップを見に下さっていたのですが、今回は来日して、治療的司法の考え方のエッセンスを語って下さったわけです。

 

   

【プエルトリコ大学のウェイクスラー教授】

 

初めてその考え方を通して聞いたのですが、印象に残ったエッセンス的な言葉を書き留めてみました。

(私は英語はわからず、通訳さんの言葉を聞きながら、メモを取っていただけなので、正確ではないかもしれせん。ちなみに、会場の方々は学者系の方が多いのか、英語でそのまま理解している人が多い印象でした。)。

 

まず、TJ(治療的司法)は、単なる書かれた法、単なる知識の集まりではなく、法の適用、運用論だそうです。

法改正が有用なことはあるものの、法そのものを変えずに運用の向上を図ることが出来ることを強調しておられました。

重要なのは、裁判それ自体ではなく、むしろもっと初期の段階(ダイバージョン、保釈、司法調停、刑事和解等)や、判決後の段階(判決言渡し、仮釈放等)。

さらに、裁判においては、必ずしも拘禁刑を言い渡す必要はなく、刑の宣告を延期出来る。(その間に、治療や調整を試みる)。

例えば、パラノイアに罹患した患者が、服薬が出来ていなかったために、銃の不法所持で逮捕された事例では、有罪を認めていることを条件に、刑の宣告が相当期間猶予された。

裁判官は、判決時に、本人が協力的態度であることを賞賛し、すべては制御されているようだと述べて、保護観察を言い渡した。

 

そこでは、自己決定と、長所の強化、行為者ではなく、行為そのものを非難することが重要視されておいる。

裁判官は、裁判にあたり、また、判決を言い渡すにあたって、配慮ある言葉遣いを心がけねばならず、巧みで、ニュアンスある言葉を使用する必要がある。

(これ、納得です。私も、自分では結構得意なつもり。情状弁護が本当に得意な人は、接見や打合せの際にこのスキルを無意識のうちに駆使していると思います。

今まで、このスキルには「才能」が必要だと思っていましたが、ウェイクスラー教授の話を聞いていると、「そうすることが当たり前だ」という風潮が出来あがってしまって、皆が気をつけるようになると、特に才能がない人でも出来るんじゃないかな…という気がしてきました)。

 

さらに、ウェイクスラー教授が繰り返し強調していたのは、「判決そのものの内容よりも、判決がいかにして言い渡されるかの方が重要だ」ということでした。

 

 

「一方的」であるより、「相互的」と思わせるような言葉遣い、コミュニケーションが重要である。

加害者が、条件について、声を発することが出来れば、裁判官は、再犯を予防し、リスクを回避していることになる。

 

TJは、ありとあらゆる犯罪に適用できると考えている。

それは、単に、被告人に対して、軽く、優しく対応するというのではなくて、もっとその声を取り上げるということなのである。

 

大規模な法改正ではなく、小さな修正を繰り返していくことで達成できる、

というようなことを話しておられました。

 

面白かったのは、

・保護観察が成功裏に終了したときは、公式に認証して、褒めたたえよ。

・行為は非難してもよいが、行為者を非難してはダメ。

裁判官は、事を悪化させるようなことは一切すべきではない。

・裁判官は、何であれ、良好な部分、良い性格についてコメントすべき。特にそれが刑の軽減に役立つ場合には。

・仮に、良好な部分が量刑に影響しない場合であっても、良い部分に言及することは、有益な種を蒔くことになる可能性があるから推奨される。

・そして、このようなTJ実務の裁判での活用は、裁判官の職業上の満足感にも貢献する、

というような考え方でした。

 

私は、修習生のとき、刑事裁判の修習で、判決文の起案について、
指導いただいた部長から、量刑理由を書くときは、まずは悪情状を先にもってきてあげつらね、
(それが被告人を処罰する理由だから)、

それから、ほんのちょろっと善情状を書く、
(善情状を書かないつもりはないけれど、犯罪を犯している認め事件では、善情状などさして存在しないという無意識の前提があったような気はします)、

と習ったような記憶なのですが、

 

ところが、TJの考え方は、全然、真逆!

被告人の良き点、(裁判中の治療など)良好に進行している点をおおいに褒めたたえよ!!

悪い点については、行為の悪は指摘してもよいが、行為者の悪は指摘しなくていい、

そんなことをしても良い結果にはつながらないのだから、余計なことは言わなくていい!!!

裁判官たる者、事態を悪化させるようなことは一切すべきではない!!!!

という感じでしょうか。

 

裁判官は、自分が使う言葉に配慮し、微妙なニュアンスある言葉を駆使出来ねばならないことを強調しているのも非常に興味深い点です。

そうなのです。

言葉は生き物!

配慮とニュアンスを含んだ言葉が、人を向上させ、状況をよくする秘訣なのです。

 

というわけで、現在の日本の刑事裁判とは大いに異なる治療的司法の権威の話は、実に興味深かったのでありました。

 

その後は、日本の治療的司法の現状について、パネリストの指宿信先生(成城大学)、中村正先生(立命館大学)、藤本哲也先生(矯正協会)、松本俊彦先生(精神科医)、水藤昌彦先生(山口県立大学)から、お話がありました。

   

【指宿信先生】                 【中村正先生】

 

   

【矯正協会 藤本哲也先生】         【精神科医 松本俊彦先生】

 

【水藤昌彦先生】

 

今回のシンポジウムの入場者数を思うと、日本でもこの動きはまだ地表に出ていないだけで、今後、おおいに拡大していくのではないかという思いを強くした大会でありました。

プラハにて 国際法精神医学会に参加してきました

プラハで開催された第35回国際精神法医学会に参加してきました。

普段から勉強会に参加させていただいている「治療的司法」の勉強会(京都と東京で交互に開催されています)から、指宿先生のグループ(治療的司法)と石塚先生のグループ(薬物犯罪政策)の2つのグループが参加して発表し、後者のグループでは、アパリの尾田さん、木津川ダルクの加藤さん、三重ダルクの市川さんらも発表するというので、傍聴に行かせていただきました。

国際的な学会というのがどういう雰囲気で行われるのか、是非見てみたかったのです。

 

   

 

   

 

(会場の大学は、旧市街広場をもう少し北に上った、インターコンチネンタルホテルの真ん前にありました。

 

プラハは、晴天で晴れていたかと思うと、パラパラと雨が降り、また晴れて…という感じで、常に傘を持っていなければならないようなお天気でしたが、カンカン照りではなくて曇っていたので、かえって過ごしやすかったです。

日本ほど湿度はないのですが、晴れると30度前後まで気温が上がり、かなり暑かったです。)

 

 

「治療的司法」は、世界では大きな勢力をなしており、日本からもその流れにくみしていこうとしているそうです。

 

ちなみに、9月1日は、治療的司法の提唱者であるプエルトルコ大学のデビッド・B・ウェクスラー教授が来日され、國學院大學で、講演会をされます。

第2回犯罪学合同大会・公開シンポジウムで、司会は成城大学の指宿信教授、パネリストには、立命館大学の中村正教授、矯正協会会長藤本哲也氏、精神科医の松本俊彦先生、山口県立大学教授の水藤昌彦教授などが来られます。

(2017年9月1日(金)13:00~16:45 @國學院大学2号館1階2101教室。資料代1000円)。

 

指宿班のワークショップ当日も、このウェクスラー教授が傍聴に来て下さっていました。

 

   

 

   

私は英語は出来ないし、海外旅行の手配などは超苦手で出来ないのですが、アパリの尾田さんが、私の分の航空チケットや宿も全部一緒に取って下さったので、参加することが出来ました。

 

7月10日に成田を発って、7月17日に帰国。

1週間の滞在で時間があったのと、旅慣れた学者の先生方やアパリの方たちと一緒だったので、食事や街歩きで困ることもなく、プラハの街を堪能することが出来ました。

 

 

   

 

  

 

金曜日の学会終了後、土曜日だけは、1日まるまる自由時間をもうけてあったので、プラハから南へ下った世界遺産の街、チェスキー・クロムロフにも足をのばしてきました。

アパリの尾田さんは、国際運転免許証を持っているので、車を借りて、翻訳家であり通訳を通訳を勤められた森村さんと弁護士の高橋先生の4人で、世界遺産の街を楽しむことができました。

中世の街並みは、まるでおとぎ話の中の世界のようで、店先の花も、赤が日本とは違うというか、鮮やかに映えていました。

 

   

 

帰りには、ストラホフ修道院の中のお店の閉店前に滑り込み、ビールも堪能しました。

 

   

 

   

 

帰ってきた途端に、仕事、仕事の毎日で、しかも、この週末は、毎年恒例の日弁連の刑事拘禁本部の熱海合宿!

少年法引き下げにともなう刑罰制度改革の議題でしたが、テーマが壮大でとても大変でした。

 

日曜日の今日は、2時間ほどマッサージを受けて、飛行機の長旅と熱海までの新幹線での往復の疲れを癒してきたところです。(帰りのこだまはすいていたけど、各駅にいちいち止まって5分以上停車するので、長かった…)。

 

旅の話は、ブログに書きたいのは山々なのですが、長くなるので、今日はこのへんで。

明日から、また仕事漬けの毎日。

頑張るぞ!!!

 

PS: お土産の数々。

ほんとは、記念に、最後の空港で、ボヘミアンガラスのゴブレットでも買いたかったのですが、空港に入っていたお店をざっと見て(たぶん、エルペット)、少しラウンジで残っているチェコ・コルナを確認して、これを使い切ってしまいたいな、でも、気に入ったゴブレットはもう少し高いから、クレジットを使うしかないかな、なんて考えながら、お店に戻ろうとしたところ、突然エマージェンシーの警報が鳴り響き、通路が閉鎖されたりして、エレベーターは止まって、店のシャッターも閉まっているじゃありませんか!

 

何?、何があったの?テロ???と心配しましたが、

飛行機は無事、定刻どおりに飛びました。

いまだに、何があったのか、わかりません。

 

ブルーの花瓶と木彫りの人形のペアは、空港のポーランド航空のゲート前で、緊急事態でも細々店を開けていてくれたブルーとマニュファクトューラというプラハでは有名なお店で買ったものです。

ユーロならともかく、チェコ・コルナを残しても仕方ないので、使い切りました!

結構、気に入っています。

 

ボタニクスの石鹸は、チェコ製で、日本では高いので、お得ですよ。

ばらまき土産に、他の種類も併せて、25個くらい買いました。

(ちょっと重かったけど、頑張りました。♪)

 

 

   

   

 

    

 

結のぞみ病院(汐の宮温泉病院)新病棟の内覧会にて

皆さん、もう夏ですね。

いかがお過ごしですか。

 

年初に、「今年はブログを頑張って書きます!」と宣言したのもつかの間(わずか5日でした…涙)、ブログを更新できないまま、夏のバーゲンセールなんかも始まっちゃいました。

1月末以来、自分でも感心するほど働いているはずのですが、いまだにバーゲンをのぞきに行く暇もない今日この頃です。

あちこちのシンポジウムや刑務所見学、研修会や勉強会には、かなり出席して飛び回っているのですが、ブログを書く時間がないのでありました…。

 

しかし、心を入れ替え、とうとう6か月ぶりの更新です!

 

汐の宮温泉病院に新病棟が建ち、(工事は今後も続行、さらに病棟が建つそうです)。

7月6日には、汐の宮温泉病院は名称を変え、「結のぞみ病院(ゆいのぞみびょういん)」となります。

 

4階フロアには、依存症専門の病床も登場!

6月30日の内覧会に行ってまいりました。

 

3階が受付、4階に依存症専門病床を含む閉鎖病棟あり、5階、6階は一般病棟でした。

4階はピンク、5階はグリーン、6階はブルーと、いずれも淡い色調で統一されて、優しい雰囲気の病棟に生まれ変わっていました。

 

依存症病床には、個室も出来ていました。

以前の閉鎖病棟は、かなり古くて、全部共同室でした。

また、うつ病や統合失調症など、他の精神疾患の患者さん方と同じ病床を使用していましたが、これからは、依存症患者さんだけのフロアが出来ることになります。

中元先生に案内していただきました。

 

今後も、中元総一郎先生をはじめ、NPO法人アパリ、木津川ダルクなどと連携しながら、被告人、一人一人の個性に合わせた治療とプランを提供することで、真の更生に尽くしていきたいと思います。

 

【平成29年6月30日午後、中元先生と依存症専門病床にて】

 

      

 

再犯防止対策室を初体験しました @大阪地方検察庁

戎さんも終わり、そろそろ正月も終わりに近づいてきましたね。

今日行った大阪拘置所では、まだ受付けに、しめ縄が飾ってありましたが…。

 

 

 

 

 

今日は、検察庁の再犯防止対策室を初体験した、今年の初仕事についてお話したいと思います。

今年の初仕事は、正月明け早々の1月5日。

障がい者刑事弁護事件として配点された被疑者国選事案で、釈放された被疑者の最寄りの区役所への生活保護申請に同行し、その後、窓口で探してもらった救護施設まで被疑者を送り届けるというものでした。

 

障がい者刑事当番の待機日は、年の瀬も押し迫った年末。

配点があり、接見へ。

まだ若い男性でしたが、まったく身寄りがなく、病気になって栄養失調で倒れていたところを病院へ運びこまれ、その後、救護施設でしばらく生活していたものの、うまくいかず、軽微犯罪を犯してしまったというケースでした。

本来は、犯罪性は全くない人で、私がこれまで経験してきた事例の中で、最も犯罪から遠いケースでした。

 

日本でもこんな人がいるんだ、

むしろ、こういう若者は、今後増えていくのではないか、という驚異を感じた面もあります。

 

問題の本質は、

・幼少期の母子関係、

・成育環境の劣悪さ、

・孤独、

・社会の側の支援のなさ、

・厳しい労働環境、
(長年真面目に勤めていても、体調が悪くなった途端、休みももらえず、やめさせられる保障も愛情も全くない世界)

・それらが積もり積もった結果の病気、でした。

 

逮捕によって、受給していた生活保護を打ち切られてしまい、次の行先を探さねばなりません。

しかし、逆にいえば、とりあえず、一時的な住まいを確保して、生活再建の目途さえつけば、不起訴処分が得られるだろうというケースでした。

 

翌日、さっそく検察官へ電話しましたが、検事はもう年末年始の休みに入ったというのです。

うっそー、何それ?!という気分でした。

正月が明けるまでは、検察庁だけでなく、役所も、支援団体も皆、何もかもお休みです。

 

困った、10日満期では間に合わない…と感じた私は、検察庁の事務に、

「一時的に受け入れてもらえる先を探すつもりはあるから、勾留延長してほしい。」旨、検事に伝言を残そうとしていました。

 

そのとき、ふと、「待てよ。社会復帰支援室というものがあったじゃないか」と思い出したのです。

 

社会復帰支援室というのは、東京地検に平成25年1月にできた、障がい者や高齢者など社会的支援を必要とする被疑者を福祉につなぐ部署で、東京地検では、3年間に1200件以上の相談に対応してきたというところです。

社会福祉士も何名か正確にわかりませんが、待機しているところです。

 

その後、東京だけでなく、各地の検察庁に設けられ、大阪にもあると聞いていました。

しかし、実際にその部署が担当する事件にあたったことはなく、実際はどんな活動をしているのか、よくわからなかったのです。

 

弁護士としては、検察庁が社会福祉士も雇用して、そういう取り組みをするのはとても良いことだという気持ちはあるものの、検察官のすることには、本質的に疑いの気持ちがわいてしまいます。

例えば、東京地検の場合、「ドキュメント・東京地検社会復帰支援室、~3年間で1200件!!その驚きの内幕~ 「お、新しい彼女かい?」などと題した資料があって、素晴らしい活動をしていることがアピールされているのですが、

 

3年間で1200件以上、

しかも、場合によっては、釈放した被疑者が地図を渡してもたどりつけないために、福祉事務所や診療所まで検察庁の職員がバスに乗ってついていき、最後まで送り届けるとか、

「公判請求予定だったけれど、急遽方針が変わって、明日釈放なんです」とかいう緊急の事例でも、大至急、記録のコピーをとって対応して、福祉につないでいるとか、

「ほんとかよ?!」と疑いたくなる話が華々しくアピールされているのです。

 

しかし、そんなにアピールするなら、全国で大展開すればいいじゃん?

そんなこと、ほんとに地方でもやってるわけ?、

大阪では、実際の事例にはあたったことないんだけど…、と思っていました。

 

(少し話が横道にそれますが、とある弁護士が、治療的司法研究会というところで質問していました。

「東京で捕まれば福祉につなげてもらえるけれど、地方の支部で捕まれば、起訴されて刑務所行きになるのでしょうか」と。

笑い話のようですが、これ、実はシビアな現実です。

しかし、いくら検察官に起訴裁量があるといっても、全国的視点からみればおおいなる不公平なのです。)

 

 

首都で、ホームレスを極端に嫌う東京には、何か裏で、予算がついたり、福祉関係の裏ルートがあるんじゃないのか?

東京で保護したホームレスを、保護費が安いからという名目で、東北とかの僻地に飛ばして、首都からいなくなるようにするとか…??と勘繰りたい気持ちが抑えられませんでした。

 

そもそも、検察官が、心から、被疑者・被告人の更生なんて、考えてるわけないという気がしません?

99・9%の有罪率に固執して、無罪を出した検察官は能力が低いと評価される、

だから、起訴した以上は絶対有罪にしたい、

そのためなら、無罪の人が有罪になってもいい、なんて、狂気のような愚かな煩悩からすら逃れられない人達が、

「被疑者・被告人の更生保護を考えてます」なんて言ったところで、

何か裏の利益があるに決まっているじゃん、としか思えなかったわけです。

 

 

 

しかし、この年末の緊急事態の中で、ふと「社会復帰支援室」が大阪にもあるはずだということを思い出した私は、

伝言を頼んでいた職員さんに、「社会復帰支援室というのがあるはずだから、そこにつないでくれませんか?」と聞いてみたわけです。

「社会復帰支援室…???」「さいはんたいさくぼうししつ…というのならありますが…」と、おそらくは、内線の転送番号一覧表を眺めながら答えてくれた職員さんに、

私は、「たぶん、それ、それ!そこでいいです。そこにつないで下さい」と言って、電話をつないでもらいました。

 

そうか、大阪では、「再犯対策防止室」というのか…。

(あとでネットで調べてみると、東京以外は、「再犯防止対策室」というらしいです)。

 

つないでもらった電話に出たのは、女性の事務官さん?かなと思うのですが、雰囲気的には、柔らかい雰囲気…。

事件名や被疑者名を伝え、検察官がもう年末年始の休みに入っていること、

しかし、この事例には犯罪性はなく、新しい住居(支援先)を確保できれば、不起訴処分相当と思われること、

そこで、勾留延長してでも、再犯防止対策室の方で対応してほしいこと、を詳しく伝えていったのです。

 

すると、なんと、「その事例はこちらでも把握して知っています。検察官が昨日こちらへ事件を回していきました。」

「今日は、社会福祉士がいるので、おつなぎします」と言うではないですか。

 

少し話をしたところ、(相手はもう事案を知っていました)、勾留延長する必要はないと思っている、

1月5日午前〇時に、最寄りの区役所の生活保護相談窓口に既に予約を入れた。

担当は〇〇さんである、と教えてくれたのでした。

(社会福祉士さんは、障害区分認定の申請もするといいということも教えてくれました)。

 

ただ、検察庁から人は出せず、警察官が区役所の相談窓口前まで送るところまでしか出来ないということで、

私がその時間にそこで待ち合わせて、その後の生活保護申請と救護施設入所まで同行することになったのでした。

 

いやぁ、助かるわー。

正月空け早々、生活保護申請に同行するのは大変ですが、とりあえず、つないでもらえると、こちらとしては非常に助かります。

事件に関する証拠も、被疑者の身上関係も、弁護側には何も正確な情報がない被疑者段階で、弁護側の方の手配でここまでたどりつくのは、容易なことではありません。

何より、検事と違って、物腰が柔らかくて、話が通じるのがいい。

実は、こんな活動をしていたのね、と知った、「再犯防止対策室」初体験の事案でした。

 

(しかし、東京みたいに、被疑者の生活保護支援や福祉事務所への同行まではやっていないようでした。

東京は、公権力側で金と時間をかけてでも、どうしてもホームレスになるのはやめてほしいんでしょうね。)

 

その後、生活保護申請では、窓口の方がいろいろなところへ電話して、引き受けてくれる救護施設を探してくれました。

私は、なごやかな雰囲気を壊さないよう、要所、要所でしか口は出さずに、出来るだけ静かに聞いていましたが、

時々、口を出して、情報を補足したり、記帳されていなかった通帳を預かって、最寄りの郵便局まで走って記帳したりしました。

 

確かに、弁護士がいなくても絶対に申請が出来ないとは言いませんが、病気で、かつ、成育歴に問題を抱えている障がい者ノン場合、コミュニケーションが苦手で、言うべきことを遠慮して言わなかったり、そもそも「この情報は伝えておくべきだ」ということに気づいていないので、弁護士が同行していた方が適切に情報が伝わると思います。

 

待ち時間の間に、障害区分認定の申請書ももらって、担当職員さんが電話であちこち当たって下さっている間に必要事項を記入、

生活保護を申請後、申請書を提出して帰りました。

 

その後、受け入れてくれることになった救護施設へ。

施設の職員さんが丁寧に中を案内してくれて、面談時も横に座って、同席させてもらいました。

 

初めて訪問した救護施設でしたが、印象に残ったのは、こういう救護施設での食べ物の重要性でした。

高齢の方が多い中、きざみ食を用意したり、

味付けは、健康を考えると、本当は薄味がいいのだけれど、あまり薄味にしてしまうと不満が出るので、

あえて少し濃い目の味にして、工夫していると言っておられました。

 

救護施設では、自分で所持できるお金が非常に少なく、1日200円~300円程度しかないので、

食事は本当に重要なこととなり、不満が出やすい要素になるようでした。

(この点だけは、刑務所が抱える問題状況とよく似ているな…と思いました)。

 

いやぁ、非常に勉強になりました。

というわけで、大阪で、初めて再犯防止対策室を体験した今年の初仕事だったのでありました。

 

 

新年あけましておめでとうございます -堀川戎に行ってきました-

新年あけましておめでとうございます。

今年は、5日から、釈放される被疑者を迎えに行って、生活保護申請に同行、救護施設へ送り届けて働いていた私…。

 

7日は、マイドームおおさかで行われた「16th DARS in OSAKA 薬物依存症回復セミナー」にも参加してきました。

 

 

 

お正月気分は早くも消えて、また仕事が始まった…と、ちょっとブルーな気分になりかかっていましたが、

今日はお正月最後のイベント、戎さんの日です。

南森町にある、堀川戎にお参りしてきました。

 

去年は行けないまま終わってしまったので、大反省!

今年はしっかりお参りして、福笹をしっかりゲットしてきました。

 

サラリーマンの方のブログなどを見ると、「もったいない」という気持ちになられるようですが、

我々自営業者は、子宝(吉兆)がじゃらじゃらついた福笹が欲しい気持ちがするもんです。

なんたって、1年間、毎日見続ける福笹なわけで、何だかさびしいよりは、じゃらじゃらついていて欲しいわけです。

たとえ、欲どしいと言われても、人間って、そんなもんなんじゃないでしょうか。

 

本戎の日で、午後8時頃という時間帯もあってか、交通規制で動けない中、他の人が持っている福笹を横目に見ながら、

「笹が2本ついているのが欲しい…」と思った私。

今年は、こんなのをいただいてきました。

 

   

【今年の福笹】                       【こういうのが嬉しい】

たくさん子宝がついてて、満足です。

しっかり福娘さんに授与してもらってきました。

 

戎様には、商売繁盛とともに、「継続的な繁栄とは何でしょうか。そこへたどりつきたい」とお願いした私。

最近、NHKのオンデマンドにはまって休みの日は、NHK番組に浸っている私ですが、

最近、資本主義の限界とか、欲望の限界ってことがよく言われますよね。

若者に職がなく、低所得、若しくは、本当に路上で座り込んでいたりする現象が、先進国も含め、世界中で起こっている中、

このままのシステムではやっていけないはずだ、と感じているのは私だけではないでしょう。

弁護士の世界だって、人数増員が限界を迎えていて、もはや人事ではないですからね。

 

永続的な繁栄っていったいどんなもので、どうすれば到達できるのでしょうか…。

そんなことを考えつつ、結局は、目の前の仕事を1つ、1つこなしていく以外に道はないんだよなーなんて思う、

堀川戎からの帰り道なのでありました。

では、今年も頑張りましょう。

 

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