生活保護で薬物依存症からの回復支援 ~カズと母さんの奮闘記~

生活保護で薬物依存症からの回復支援
~ カズと母さんの奮闘記 ~

 

今回は、母と一緒に生活保護を受けていた男性が、覚せい剤使用で逮捕されたけれど、
ダルクに入所して回復支援に取り組むことを条件に保釈を受け、
保釈中も生活保護の支援を受けて、回復軌道に乗った事例をご紹介します。

辛い過去があって、薬物依存症に陥り、苦しんでいた中で、保釈中も生活保護を受けて、回復軌道に乗っていった画期的なケースなので、是非ご紹介したいと思います。

ちなみに、このケースは「執行猶予中の再犯の事例」の事案で、言い渡された判決は「一部執行猶予判決」でした。

                  

◆ 事件の概要

カズは、37歳の男性です。
18歳のとき、両親が旅行で留守中、自分のたばこの火の不始末で、家が火事になりました。
ほんの2、30分、外出して帰ってくると、家はもう火に包まれていました。
カズは、家の中でまだ眠っていた妹を必死で探しましたが、妹の姿はありません。
救急隊員がようやく炎の中に入って妹を救出したとき、妹は既に意識がありませんでした。
その1週間後、妹は、意識を回復することなく、亡くなりました。
まだ16歳でした。

この火事の後、母さんは、ショックでうつ病になってしまいました。
家族の中で、ケンカが絶えなくなり、すれ違いが続きました。
そして、とうとう、父さんが家を出ていってしまいました。
残されたカズと母さんには、「一緒に力を合わせて、二人で生きていこう」と誓いました。
しかし、現実には、妹の死という事実を受け止めきれず、愛情はあるにもかかわらず、互いを責め合ってしまい、すれ違っていきます。
仲の良かった家族は、バラバラになってしまいました。

そんなカズが、覚せい剤に手を出したのは、20歳のときです。
実の親のような気持ちで慕っていた上司に裏切られて、もう何もかも信じられなくなり、覚せい剤を使ってしまいました。
「死にたい」「嫌なことを忘れたい」という気持ちでした。
しかし、そこから、薬物依存症が始まってしまいます。

覚せい剤を使うと、一時的には、嫌なことを忘れることが出来ました。
しかし、その後、また考え込んでしまって、再使用につながります。
その繰り返しが続きました。

カズの特徴は、「自分なんかどうなってもいい」、「もう死んでもいい」という絶望と自暴自棄の思いで使用することです。

後先を考えず、「死んでもいい」、「むしろ、死にたい」と思いながら、覚せい剤を使うため、必然的に使用量が多くなり、症状は重く、何度か救急車で病院へ運ばれました。

20代前半で1度逮捕され、懲役1年6月、執行猶予3年の判決を受けた後、薬物をやめようと努力しますが、なかなかやめられません。

一番大切に思っていた、妻や子どもとも、薬物のせいで、別れることになってしまいました。

こんなにやめたいのにやめられない、それくらいならもう死んだ方がましだと思って、
覚せい剤を使用した後、精神薬や睡眠薬などを100錠くらい飲んで、自殺を図りました。

病院へ救急搬送された後、逮捕され、30代半ばで、再び懲役2年、執行猶予4年の執行猶予判決を受けました。

本件は、この執行猶予中の再犯でした。

執行猶予判決後、母さんと二人で生活保護を受けながら、カズは、今度こそ薬物をやめよう、自立しようと思い、パソコンの職業訓練を受けました。
パソコンの資格試験にも挑戦して、合格しています。
一時期は、就職もしました。
しかし、なかなか薬物を断つことが出来ません。
必死でやめようとするのですが、断薬6か月の壁が立ちはだかるのです。

マンションの4階から、飛び降り自殺を図ったこともあります。
足首を複雑骨折して、医師から、将来は歩けなくなるかもしれないと言われました。

本件は、こんな状況の中で、孤独と自暴自棄の感情から薬物を再使用してしまったという事件です。
執行猶予中の再犯でしたから、実刑は確実という状態でした。

 

  

◆  捜査段階

私とカズの出会いは偶然です。
私は、その日、刑事当番の待機日で、被疑者国選弁護人として派遣されたのです。

しかし、カズは私のHPを読んでいてくれたようです。
しかも、小学校の先生が、私と同じ名前だったとか。(何かご縁があるのですね!)
国選弁護人として来た弁護士が私だったので、とても驚いたそうです。
神様の巡りあわせかもしれません。

警察署の留置場で、私は大粒の涙を流しながら話すカズの話を聞いていました。

執行猶予中に薬物を再使用したカズが悪いと言われればそれまでですが、自分の過失から起こった火事で妹を亡くし、家族が離散してしまったカズの体験は、同情すべき点があると感じました。
こんな体験をすれば、カズでなくても、失意と絶望、罪悪感にさいなまれて、現実から逃避したくなるでしょう。

覚せい剤使用が犯罪であるとはいえ、ここに至るまでの苦しみを無視して、カズの違法行為をただ責めて、受刑させるだけでは、真の問題解決にはつながらないと感じました。

また、カズ自身は、基本的に善良な性質の持ち主と感じられ、正しい支援を受けられさえすれば、更生出来るはずだという印象が強くありました。

このとき、ふと、私の頭をよぎったのは、親しくしていた木津川ダルクのスタッフの言葉でした。
彼は、数日前、冗談半分で、「今、人数が少なくなって空いているから、誰かいい人がいたら紹介してね。」と言っていたのです。
「今なら、木津川ダルクに空きがある…。」

裁判中に、真の問題解決に向けた「更生の軌道」に乗せられないだろうか。
何とか、保釈を取って、木津川ダルクへ入れられないものか…。

しかし、カズは生活保護を受けていて、同居していた母さんも、一緒に生活保護を受けていました。
カズと親族には、ダルク入寮費はおろか、保釈保証金を準備する経済力はありません。

解決策として考えられるのは、
① 全国弁護士協同組合(略して、全弁協)の保釈保証事業を利用して、保釈保証書の納付により保釈許可を得ること、
② 保釈の制限住居として入寮した木津川ダルクで、生活保護を受給することで、保釈中の生活費を確保すること、だけでした。

2つのハードルをクリアするのは至難の技です。
しかし、あきらめたら、ここで終わってしまう…。
私は、母さんに、何とか、全弁協の保釈保証のための契約者になってくれる人物を探してくるように伝えました。

実は、捜査段階では、そんな人物が確保できる見込みは全くありませんでした。
結局、何も出来ないまま、「ごめんなさい弁護」で終わらせるしかないかもしれない…。
本心では、そう思いながら、しかし、あきらめずにチャレンジしてみることにしたのです。

 

                  

◆ 起訴後から保釈まで

いろいろ紆余曲折はあったのですが、ここでは割愛しますね。

①の全国弁護士協同組合の保釈保証支援については、カズの伯父さんに契約者になってもらうことが出来ました。

薬物事案では、民間の保釈支援会社では、逃亡のおそれがあるとみられてしまうため、審査を通過できないことが多いのですが、
全弁協が運営している保釈保証事業では、契約者に確実な収入さえあれば、年収が高額でなくとも審査は通してもらえます。

300万円までの保釈保証書の発行について、手数料は2%のみ、一部負担金として、10%の金額を協同組合に納付せねばなりませんが、一部負担金は、判決言渡し後、逃亡しなければ、返還されます。

つまり、もし300万円の保釈保証金が必要な場合、手数料の6万円(これは戻ってこない)と、一部負担金の30万円(これは、逃亡せずに判決を受ければ返還される)の合計36万円があれば、保釈を受けられるわけです。

この制度が出来たおかげで、どれだけの薬物犯が、保釈されるようになったことでしょう。
カズのケースでも、この制度を利用させていただきました。

問題は、ハードル②!! 
ダルク入所中の生活費をどうやって確保するか、何とか生活保護を受けられないか、という問題です。

木津川ダルクの加藤武士さんに、入所を引き受けていただいたものの、生活保護を受給できるかどうかは、実際に、カズが釈放されて、生活保護申請をしてからでないとわからないのです。

生活保護費を受給できなければ、保釈が許可されてカズが釈放されても、誰もカズの生活費を負担できないことになりかねません。
正直、ここまでやるかについては、かなり迷いました。

それでも、木津川ダルクの代表である加藤さんは、「薬物依存症者への重要な支援の一環だから」と言って、引受けてくれました。
その言葉に押される形で、私も保釈請求へと踏み切ったのです。

しかし、加藤さんだけに丸投げしてしまうわけにはいきません。
弁護人である私からも、従前、カズが生活保護を受給していたA福祉事務所と、木津川市の福祉事務所にお電話して、事件内容と保釈請求の趣旨を説明し、生活保護受給への理解を求めました。

ここで、一応説明しておきますと、逮捕・勾留・起訴によって、カズの生活保護は、いったん廃止されてしまいますから、保釈許可を得られた場合は、保釈後の制限住居地(居住地)である木津川市の福祉事務所で、新たに生活保護申請をしなければならないのです。

しかし、その場合の財産関係等の資料は、従前の生活保護受給先であったA福祉事務所から送付されてくるので、両方の福祉事務所に話を通しておく必要があるのです。

やや遠慮しながら、私は、おずおずと、福祉事務所にこんな説明をしました。

今回、カズはおそらく刑務所に行くことになると思います。
しかし、以前の飛び降り自殺のため、足首に後遺症が残っているカズは、出所後もおそらく働けないでしょうから、生活保護を受給するしかないでしょう。

どのみち生活保護を受ける以外に生きる道がないならば、まずは、薬物依存症から回復してもらわねば、カズの自立などありえません。

であれば、生活保護を受ける以上は、まずは、薬物依存症の回復施設に住まわせて、回復への努力をさせるべきです。
この保釈請求は、このような趣旨で、カズに更生してもらうために行っています、と説明したのです。

担当者の方も、事情は十分理解しておられたようで、共感的に話を聞いていただけました。

ただ、A福祉事務所の方がとても気にされたのは、「高額の保釈保証金がどこから出て、お金がどう動いているのか」という点でした。

この点については、弁護人から、伯父に契約者になってもらい、全弁協の保釈保証支援事業を利用したこと、その手数料は2%と少額であること、担保金として10%の自己負担金を納めてもらったものの、それは収監後、ただちに伯父に返還され、現金の動きはないことを説明し、納得していただきました。

木津川の福祉事務所についても、お電話して、同じような説明をしましたが、木津川ダルクの方からも話を通してくれていたようで、簡潔な説明で足りました。
行政も、木津川ダルクとは従前から関係を持っていることから、理解を示して下さっているようでした。
(ただし、申請してからの判断になることは、ちゃんと念押しされましたが…)。

このような経緯で、少し時間はかかったものの、起訴から約1か月後に、カズは、保釈保証金250万円で、準抗告もなく、保釈許可決定が得られました。

保釈許可決定後、全弁協の本契約も無事通過し、生活保護申請にダルクスタッフに付き添ってもらえるように、保証書納付の日時を調整して、朝一番に弁護人である私が保釈保証書を納付しました。

母さんが拘置所に迎えに行って、二人で木津川ダルクへ向かい、木津川駅でダルクスタッフと合流して、釈放当日中に生活保護申請をしてもらいました。
こうして、ありがたいことに、薬物依存症からの回復のため、保釈中も生活保護を受給することが出来たのです。

 

     

弁護人と母さんの影ながらの努力もありました。
全弁協の保釈保証は、上のような話を聞くと、すごく便利なものに思えるかもしれませんが、実際は、現金で保釈保証金を納付する場合に比べて、やらなければならない手続きが非常にたくさんあるのです。

母さんは、息子を救おうとする思いで、懸命に努力していましたが、うつ病があり、身体も痛めていて、時々、連絡しても全く応答がなくなってしまうことがありました。

あとで聞くと、しんどくて起き上がることも出来なかったそうです。
しかし、それでも、手続きを進めていかねばなりません。

ダルクスタッフに福祉事務所への生活保護申請にも同行してもらわねばならず、その日に合わせて釈放されるように、スケジュール調整をしているため、予定が狂うと一から調整し直さねばならなくなるのです。

ときどき動きが止まりかける母さんを、「きっとしんどくて、動けないのだろうな」、とわかっていても、あえて叱咤して、ゲキを飛ばしながら、私は、頭の中のタイムスケジュールを実行していきました。
弁護人である私にも、いつにもまして、疲労感があったのは事実です。

 

                 

◆ 公判弁護活動 

 
裁判での公判弁護活動については、第一法規株式会社から、これから発行される予定になっている「治療的司法の実践」という本に詳しく書いてありますので、そちらをご参照下さい。
ここでは、簡潔に書いておきますね。

カズの弁護活動は、国選弁護でしたし、お話したように、保釈中も生活保護で生活していましたから、私選弁護のときのように、専門病院へ入院して、薬物依存症の治療プログラムを受けたり、臨床心理士のカウンセリングを受けたりすることは出来ませんでした。
弁護人による、①被告人質問と、②母さんと木津川ダルクの施設長である加藤さんへの情状証人尋問しか、方法がなかったのです。

しかし、ある高名な精神科医が、「良き精神科医による鑑定には、それ自体に、被告人を更生させていく効果がある」と言っていたのと同様に、
私は、「良き弁護人による情状弁護活動にも、同様に、被告人を浄化させ、更生させていく力がある」と信じています。

この言葉を述べた医師は、精神科医が、時間をかけて被告人を診察し、よく理解して、その結果を、裁判という公の場で語るというプロセス自体に、大きな癒しの効果があり、更生へのきっかけや動機になりうると話していたのですが、私は、同じ効果が、「良き弁護人による情状弁護活動」にも存在すると思っています。

薬物事件に関するこれまでの刑事裁判は、被告人がなぜ薬物に依存しているのか、その理由や更生については、ほとんど興味を示してきませんでした。
薬物犯なんて、全部同じと言わんばかりに、「金太郎飴」のように、同じ求刑、同じ量刑で処理してきたのです。

もちろん、公平性を保つ必要はありますから、求刑や判決が似てくるのは、やむを得ない面もあるのですが、薬物依存の経緯については、実は、当事者ごとに様々な違いがあります。

その点を全く理解せずに、まるでベルトコンベアーに乗った商品のように、定型的な処理をするだけでは、被告人は立ち直れないのです。
依存症が背景にある薬物犯では、再犯の連続という負のスパイラルへ落ち込んでいきます。

これを避けるためには、その後の受刑や社会復帰につながる、いわば、最初のボタンである刑事裁判で、ボタンを掛け違えることなく、被告人を正しく理解して、次のステップへと送り出していくことが重要なのです。

このような意味で、被告人が、自分の過去や、薬物に依存してきた経緯を振り返り、どこに問題があったのか、そして、今後はどう生きていけばいいのかを真剣に考え、裁判官の前に出て、法廷という公の場で話す、「被告人質問」はとても重要です。

弁護士と一緒に、被告人質問の準備をする過程、
つまり、初めて被告人の話を聞き、しかも、時間制限のある法廷で、短時間で、たった1回だけ話を聞く裁判官にもわかってもらえるように話そうと努力する過程で、
被告人は、結果的に、自分自身の過去や気持ちを振り返ったり、言葉にならない思いを言語化して、言葉におきかえていく作業の中で、心の整理をしていくことが出来ます。

そして、出来る限り、刑を軽くしてもらいたいと努力する中で(下心があってもいいのです。努力することが大事!)、今まで正面から向き合えていなかった更生のための活動に真剣に取り組むことになるのです。

① 過去の振り返りと感情の整理、そして、②将来の立ち直りに向けた様々な活動、という2つが合わさって、被告人が生き方を変えていく「きっかけ」となっていきます。
このようなプロセスを経て、被告人が浄化されていき、更生へつながっていくのです。

裁判の最後の意見陳述の場面で、カズは、まず、後ろの傍聴席を振り返り、「加藤さんありがとう」と言いました。
そして、次に私の方を向いて、「西谷先生、ありがとう」と言いました。
そして、最後に、裁判官の方を向いて、「他人がここまでしてくれた以上、自分は今度こそ更生したい」と言ってくれました。

カズの新しい人生が展開していくことを祈っています。

 

   

◆ 判決内容

裁判では、再度の執行猶予を求めましたが、それは認められず、予想とおり、一部執行猶予判決が言い渡されました。
カズは、控訴せずに、収監されていきました。

現在では、薬物犯の再度の執行猶予は否定的に解されていますが、私は、長期にわたって薬物犯を収監したところで、薬物依存症が回復することはないのはもちろんのこと、事態がよくなることはほとんどないと考えています。

自己使用・自己所持の薬物犯については、受刑への威嚇を背景にしながら、薬物依存症の克服に向けた努力をきちんとして、立ち直ろうとする人については、初回だろうが、再度だろうが、執行猶予を認める方が、有益だと思います。

1人の人を刑務所に入れるだけで、年間約250万円の経費(税金)がかかっていますから、生活保護を受けさせながら、努力する人は社会内で処遇するという選択肢は、経済的にも十分ありうる選択肢だと思います。

覚せい剤を買おうと思えば買える、使おうと思えば使ってしまえる社会の中で、あえて覚せい剤を使用しないで、感情を処理しながら生きる訓練をしていく必要があるのです。

 

      

 

◆ まとめ

保釈中も生活保護を受給して、20年間、絶望と罪悪感から立ち直れずに、薬物に依存してきたカズが、刑事裁判をきっかけに、更生の軌道に乗ったことは素晴らしいことでした。

再使用したことだけを責めて、それだけで刑事裁判を終えていたら、今のカズはなかったと思います。
何より、引き受けてくれた木津川ダルクと、生活保護の受給を認めて下さった福祉事務所に感謝です。

現在、治療的司法を受けて、受刑から帰ってきた人達が、NAなどに参加して、人助けをする立場に回るようになりました。
治療的司法の活動を始めた頃、私は、それぞれの被告人が立ち直っていくであろうことは固く信じていましたが、帰ってきて、人助けをし始めるとまでは思っていませんでした。

治療的司法のファミリーの輪は、少しずつ広がっています。
カズの回復ストーリーは、保釈中も生活保護の支援を受けられた点で、これまでになかった画期的ものです。

カズが一日も早く帰ってきて、自分の人生を前向きに生きてくれると同時に、皆の「希望の星」になってくれることを期待しています。

 

                

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