光さんの薬物依存・治療体験記 ~保釈による治療の実例~

光さんは、30代後半の男性です。タンポポ

刑務所にはもう2回入りました。今回で3回目になります。

そんな光さんが「薬物依存症から回復したい」、「もうこれを本当の最後にしたい」と思い、

本気で治療に挑んだ「保釈による入院治療体験記」をご紹介したいと思います。

 

 

 

前刑の出所後、光さんは結婚して、奥さんが妊娠したことがわかりました。

父親になるとわかった光さんは、もう二度と覚せい剤は使わない、使いたくないと思い、
覚せい剤を使いたいという「渇望」と闘い続けました。

光さんは、これまでずっと、覚醒剤を使うときは、コンビニのトイレや商業施設のトイレを使っていました。

 

そのため、公衆トイレを利用したとき、特に、そのトイレに芳香剤の匂いがしているときに、
覚せい剤を使いたくなるという「条件反射」が出来上がってしまっていました。

光さんは、いつも、この条件反射による「渇望」と闘っていたのです。

 

光さんは、覚醒剤を使わないでいられるようにと、精神科へ行って、お薬ももらいました。

しかし、精神科で処方された精神薬は10種類近くに及び、その中には相性の悪い薬もあって、
精神薬を飲むとかえって具合が悪くなってしまうことも多々ありました

 

そして、子どもが生まれた直後、無事出産が終わったことに安心して、張っていた気がゆるんだ光さんは、
とうとう1回だけ…と覚せい剤を使ってしまいました。

子どもが生まれたのに、なんで薬物を使うんだ?!と思われるでしょうが、ここが薬物依存症が病気であるゆえんです。
喫煙者である男性が、緊張の連続で、物事をやり遂げた後、ふっとタバコを1本吸いたくなるのと似ているのかもしれません。

その後は、使用する頻度こそ月1回程度に抑えたられたものの、覚せい剤の使用を完全に断ち切ることは出来ず、
ある日、とうとう職務質問され、刑事に見つかってしまいます。

 

いったん家に帰された光さんは、必死で弁護士を探しました。
そして、ホームページから、治療とつながっている弁護士である私を見つけ出したのです。
光さんの薬物依存症の治療への取り組みが始まりました。

この当時の光さんは、とても不安定でした

例えば、
・打ち合わせの日時を何度も私に電話してきて確かめる。(確かめないと不安になるようでした)。
・会いに来たアパリの尾田真言氏がたまたまスーツを着ていたところ、「連れて行かれる」と言って立ち上がり、退室しようとする。
・事務処理能力も落ちている。
といった症状がありました。

 

光さんは、弁護士の私と相談し、NPO法人アパリの尾田真言氏とも会って、コーディネート契約を済ませました。
そして、汐の宮温泉病院を受診して、精神科医中元総一郎先生の診察も受けた後、警察に出頭しました。

警察の階段を後ろも振り返らずに駆け上がっていった光さん…。

一緒についていった私は、警察署の入り口でいきなり走り出し、2階へと階段を駆け上がっていく光さんにびっくりして、
「なんでここまで来てそんなに急いで急いで走るのかな?。ついていけないやんか!」と思っていたのですが、
後から聞くと、出頭を前になかなか踏ん切りがつかない気持ちの中、ふと横を見ると、子どもの無邪気な顔が見えて、
「自分は今まで自分の事しか考えていなかった。こんなことしてたらあかん!」という気持ちになったのだそうです。

 

経             過

〇月〇日       起訴(出頭して罪を認めていた光さんに、調べることなどたいしてなかったので、勾留は10日のみ)

起訴から3日後    保釈請求(治療目的の保釈請求であることと、弁護士・医師・支援団体の連携をアピール)

保釈請求から2日後  保釈許可決定

即日         検察官から準抗告。執行停止。

その翌日       準抗告却下(つまり、保釈許可!)
裁判所と面談し、保釈の趣旨や病院での生活を詳細にお話して理解していただけました。

保釈許可から4日後  医師が在院している日に合わせて、アパリによる送迎を手配
朝、弁護人が保釈保証金を納付
釈放されたら、アパリが警察署から病院へ直行で送迎 → 午後には病院へ到着
中元医師の診察 → 入院

 

結局、光さんが警察署の留置施設にいたのは出頭から起訴までの12日間と起訴後の11日間、合計23日間のみ。
光さんは拘置所には行きませんでした。

(拘置所の雑居房では人間関係だけで疲労してしまい、反省どころではありません。
信じられない罰ゲームのようなものがある雑居房まであったりします。
拘置所には、行かなくてすむものなら行かない方がいいと私は考えています)。

 

釈放後、光さんは、病院の閉鎖病棟に入院しました。
ここには統合失調症など別の精神病の疾患をもつ方も多くいるので、拘置所に比べればまだましなものの(温泉には入れます)、 けっして楽な場所ではありません。

光さんが私に電話してくることはなかったので、
私は、「さすが光さん、覚悟が違う。頑張ってるやん!」と思っていたのですが、
あとから聞くと、自宅にはしょっちゅう公衆電話を使って電話して、弱音を吐きまくっていたようでした(笑)。

奥さんが、電話口で、光さんを励まし続けたようです。(内助の功!)

 

光さんは頑張り続け、着々と以下の治療ステージをこなしていきました。
光さんは、各治療ステージでの治療の実施回数も非常に多く、とても優秀な患者さんでした。

①第1ステージ  キーワードアクション
これから覚せい剤を使用しない時間が続くのだという負の条件反射を設定する治療の第1ステージ

②第2ステージ  疑似摂取
疑似注射器を使って、覚せい剤摂取と全く同じマネをしながら、身体には快感がないという経験を積み上げていく治療の第2ステージ

③第3ステージ  想像摂取
自分が覚せい剤を使用していた典型的な1日を詳細に作文に書いて、それを読み、あえて自分自身を覚せい剤の渇望を引き起こす刺激にさらず治療の第3ステージ

④第4ステージ  維持
これまでの条件反射制御法による治療を定着させ、維持していくための第4の治療ステージ
このころには、例えば、公判期日に出廷するために自宅へ戻った外泊の機会を利用して、疑似注射器を持って帰り、自宅で疑似接種をやってみるなど、徐々に行動半径を拡大させて、刺激に耐えられる力をつけていく。

 

【光さんの疑似摂取・体験記】

光さんが初めて疑似注射器(ピストンを引くと、赤い血液様のインクが注射器の中に逆流します)を使った感想を書いてくれました。

(なお、疑似注射には、プラスチックの注射針がついた注射器を使う疑似、血液様のインクが出る疑似注射器を使う疑似、生理食塩水を注射器で本当に打つ疑似とがあります。)

光さんの「疑似摂取治療体験記」をご紹介します。

1回目
初めて疑似注射器を使って、疑似摂取をしたときは、胸が気持ち悪すぎて、感想が書けなかった。

2回目
2回目の疑似は、1回目とは違い、胸のムカムカは少なくなったと思う。

注射針での疑似は、前回と比べると、気持ち的に楽に出来るようになった。
血のインクが出る疑似は、唾が多く出てきてしまったり、喉のつまり、息を止めてしまうことが何回かあったが、前回よりも楽に出来るようになった。
食塩水を使っての疑似は、前回とは違い、気持ち悪さ、動悸、息のつまり、顔に力が入る事がかなり出なくなって、1回目の時と違い、楽だった。
そのかわり、フワフワ感が、疑似が終わってからも10分から15分間続いた。

3回目(2回目の3日後)
注射針での疑似では、初めは前と同じだったけど、やるにつれ、少しずつ楽になった
血のインクの疑似は、初めは唾がよく出ていたけど、7回目、8回目には唾の出が少なくなってきた。
食塩水での疑似では、1,2回目と違い、楽に出来た。
でも、血の逆流を2回目、3回目とやっているうちに、少しフワッと感が出てきた。

前回とは違い、食塩水を使った後の「フワフワ感」がそれほど続かなかったが、打った後の5分間くらいは、
フワッとした感じが続いていた。
先生がやってくれているが、次からは自分でやってみようと思う。
買いに行きたいとか、やりたい衝動はなかった。
ただ、やったときの感覚は、これからなくなっていきそうな気がする。

4回目(3回目の2日後)
注射針での疑似では、喉のつまりはなくなり、楽に出来た。慣れてきたのか?
血のインクでの疑似は、今日はなかった。
食塩水での疑似では、顔のこわばりはあったが、フワフワ感は少ししかなかった。

血のインクの疑似がなかった分、1つの作業に集中できたが、出来れば交互にやりたかった。
なぜか自分で打つのが恐く、1人では出来なくなっていた。
これは良い事なのか、悪い事なのか、よくわからない…。
キーワード・アクションは、言葉の意味を理解して、頭の中で唱えると、スッと欲求が消える。
役に立つんだと思い返した。

5回目(4回目の2日後)
注射針での疑似は、詰める作業では、前回と同じく、何も感じなくなってきた。
血のインクでの疑似は、あいかわらず喉のつまり等があったが、やるのがすごく楽になってきた。
食塩水を使っての疑似では、自分でやったこともあり、いろいろな症状が出た。

やりたいと思う気持ちが、限りなくゼロに近いほど無くなってきた。
でも、身体は、自分が思っている以上に、薬物のことを覚えているのだと改めて思った。
自分で注射を打った時の、針が血管に入るのがわかった時に、喉がすぼまり、
血のようなインクが逆流する時に、顔に力が入り、唾が出て、
ピストンを押す時には、フワフワした感があった。
でも、この症状はすぐ治まった。
やりたい気持ちは出てこなかった。気持ちが前に向いているからなのか?
ただ、1回、1回の疑似が楽しくやれている。
その事も大事なのかも…。

6回目(5回目の3日後)
注射針での疑似では、5回目の作業がきいたのか、何も考えなくても出来るようになった。
血のインクの疑似では、唾が少し出たくらいで、あとは普通にやれた。
食塩水を使っての疑似では。血管に針が刺さり、血が逆流するのが気持ち悪く、身体が覚えている感覚が出た。

やりたい気持ちはゼロ。
身体が覚えている覚せい剤の感覚が、だんだんと薄れていくのがわかる。
人それぞれ、感覚は違えど、同じ症状の人と話をしながらするのは、安心するというか、心強いというか、治療がやりやすい。
終わった後に、母に電話するのが、自分の中で支えてくれる人がいることを実感して良い。
治療を頑張ろうと思うし、安心出来る。

7回目(6回目の2日後)
注射針での疑似では、慣れてきたのか?、何も感じなくなってきた。
血のインクの疑似では、まだ少し気持ち悪くなるのがわかった。
食塩水での疑似では、フワフワ感がなくなった。でも、気持ち悪かった。

注射針での疑似や、血のインクの疑似では、比較的何も感じなくなったが、食塩水での疑似では、自分で打つ時、針が血管に刺さった時、それと血を逆流させている時に、何とも言い表せない気持ちになる。
でも、やりたい気持ちは出てこない。
ゼロではないけど…。
あと、残りの疑似で、限りなくゼロに近くまでやりたい気持ちが抑えられれば…。
買いたいとか、持ちたいという気持ちは全くない。

 

治療中、光さんは、平成25年10月12日に天満橋で開かれた「第2回 条件反射制御法 関西研修会」に、

中元先生の患者役で出演し、ロールプレイにも参加してくれました。

この研修会には、写真のようにたくさんの関係者の方が参加して下さいました。

 


【研修会で中元医師とペアで実演している光さん】

 

この治療を続けながら、光さんは、公判期日にはきちんと出廷し、アパリの尾田真言氏と家族が情状証人にたちました。

出頭前に比べて、目が澄んで、各段に安定して元気になった光さんは、
被告人質問では、治療の経過や、家族への感謝の思い、出所後の再起にかける思いなどを話して、
一審の判決言い渡しを受けました。

 

そして、一審判決の当日、再保釈請求をして(同時に控訴もしています)、保釈許可決定をいただきました。
光さんは、その後、治療プログラムを終了させた後も、維持ステージへと進み、治療を続けています。

 

受刑が3回目になる光さんは、受刑自体を免れることはできません。

しかし、保釈という「一定の枠の中」でとはいえ、無理やり強制されるのではなく、
十分な治療を受けた上で、心の底から納得して、
自分の意思で受刑へと歩みを進めていくことが大切だと考えています。

なぜなら、自分の意思で進んだと納得することで、これからの辛い受刑期間を耐え抜くことができるようになるからです。

光さんには、 今度こそ、薬物の渇望のない(若しくは、限りなくゼロに近い)状態で再出発して、
家族との幸せな人生を歩んでいってほしいと思います。

それが光さん自身の幸せ、奥さんの幸せ、子どもさんの幸せ、お父さん、お母さんの幸せ、
ひいては、社会にとっても幸せというものではないでしょうか。
(刑務所に拘束して、囚人として扱えば、被告人にもその周辺にも、様々な苦労や弊害が発生し、経費も増大します。
薬物から回復し、自立した市民として納税者になってもらう方が、本人も社会全体も健全でいられるのです)。

 

最後に、光さんから、感謝の言葉を付け加えてほしいという希望がありました。

道を作ってくれた西谷先生、

サポートしてくれたアパリの尾田さん、

治療をしてくれた中元先生、

厳しくしかってくれたお母さん、

何も言わずに見守ってくれたお父さん、

励まし続けてくれた奥さん、

そして、そばにいてくれた息子、

皆に感謝しています。

この感謝の言葉を付け加えてほしいとのことでした。

 

光さんの入院治療体験記が、今現在、薬物の自己使用・所持で逮捕され、勾留されている方々、

これから治療を考える方々のお役に立てたなら、光さんも私も、これ以上の喜びはありません。

 

追記:光さんは、治療開始前に比べて、格段に良くなりました。

目が澄んで、身体も元気になり、会話していても、口調が安定し、内容もしっかりしていて、
出頭前の不安定な感じはなくなり、事務処理能力も回復しました。

これが本来の彼だったのだなと思います。

あとは、社会の中に戻って行って、家族と一緒に自分本来の人生を生きてもらえればと持っています。

しばらく社会から離れていたので、最初は、勇気と忍耐がいると思いますが、どうか頑張って下さい。

 

                    タンポポ

 

PS:後日談です。

このページを作成してから、いつのまにか、3年くらい?の月日が経ちました。

先日、依存症者のリカバリーパレード「回復の祭典」に参加したところ、なんと光さんと奥さんがいるではありませんか!

(奥さんが話しかけてきてくれました。)

 

以前、お母さんから優良受刑者として、パソコン研修などを受けていると聞いていましたが…。

昔と変わらず、仲良く、奥さんと一緒でした。

ちゃんとダルクやNAとつながっていたんですね。

出所後もきちんと回復の仲間とつながっているようなら、きっと大丈夫でしょう。

あのとき赤ちゃんだった息子さんも、少し大きくなったはずです。(でも、まだ保育園くらいかな…)。

頑張ってね、お光さん。(光さん)。

 

 

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