一部執行猶予制度初の1項破棄 ハルとローズマリーの夫婦二人三脚日記

皆さん、ご存じのとおり、平成2861日から「一部執行猶予制度」が始まりました。

 

ここでは、覚せい剤の自己使用一罪(受刑は3回目/累犯)で、一部執行猶予制度の開始後に

「全部実刑」判決を受けたけれど、控訴審で、一審判決が破棄されたAさんの事案をご紹介します。 

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 控訴審は、

「原判決の量刑は、刑の一部執行猶予を選択しなかった点において、処遇選択の裁量を逸脱した不当なものである」として、刑訴法397条1項(いわゆる1項破棄)で、原判決を破棄しました。

 

控訴審で一審判決が破棄される場合、その破棄の理由によって、いわゆる「1項破棄」と「2項破棄」と呼ばれるものがあります。

その多くは、刑訴法397条2項を根拠に原判決を破棄している「2項破棄」の方で、これは、「原判決後の情状による破棄」です。

 

わかりやすく具体例をあげると、例えば、一審で、被害弁償の努力をしていたけれど、お金が工面できなかったり、被害者との交渉が難航したりして、示談できなかった。

しかし、控訴審に移行してから、状況が好転し、示談が成立したような場合です。

一審判決の量刑は、示談が成立していなかった一審時点の判断としては間違っていなかったけれど、原判決後に成立した示談の内容を考えると重すぎる。

そこで、刑訴法397条2項の「原判決後の情状」を理由に破棄するわけです。

 

 これに対して、原判決後の事情を問題にするのではなく、そもそも「一審判決の量刑判断自体が間違っていたこと」を理由に、原審判決を破棄するのが、1項破棄になります。

こちらの1項破棄の判決は、なかなか出ないのが実情です。

 

そこで一部執行猶予制度に話を戻しますが、この制度は、平成28年6月に開始したばかりの全く新しい制度ですから、控訴審でどのように取り扱われるのかは不透明でした。

理論的には、一部執行猶予は、全部執行猶予と全部実刑の中間刑ではない。

全部実刑と比較して、重くもなく、軽くもなく、あくまで処遇のあり方のバリエーションに過ぎないのだと言われていました。

 

しかし、理屈としてはともかく、そうすると、結局、
全部実刑と一部執行猶予は、「どちらがどれくらい重いのか?」、それとも、「同じなのか?」、「同じだとすれば、控訴の利益がないことになって、控訴は出来ないのではないのか?」など、いろいろなことが問題になります。

  1. そもそも控訴の利益はあるのだろうか、

  2. 控訴の利益はあるとして、どのような場合に破棄されるのか、

  3. 破棄の方向性としては、全部実刑(の方が重い?)→ 一部執行猶予(の方が軽い?)なのか、

    それとも、人によっては、わずかな執行猶予期間のために、長期間の保護観察がつく方が重いと感じ、いっそ全部実刑で受刑してしまって、さっさと刑罰を終わらせたいと考えるから、
    一部執行猶予(の方が重い?)→ 全部実刑(の方が軽い?)という方向での破棄もあるのか、

などが、問題になっていました。
 

明確な答えは出ないまま、一部執行猶予制度が開始され、一審判決が制度開始前に言い渡されていた事案で、2項破棄により、一部執行猶予がついた事案があったようですが、

まだ制度開始後に全部実刑判決を受けた事案の1項破棄の事例は出ていなかったのです。

 

しかし、とうとう本件で、最初の1項破棄判決が出ました!

 

もちろん、この判決だけで、今後の方向性がすべて決まるわけではないのですが、

今後の実務の参考になると思いますので、ここでご紹介させていただきます。

 

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ハルは、38歳の男性です。

小さい頃、お母さんが離婚しました。

お母さんは、女手一つで子どもを育てるため、当時は水商売で働いており、ハルには、兄弟がいなかったため、家で一人ぼっちで過ごすことが多い子どもでした。

子ども心に、とてもさびしく、孤独だったといいます。

それが影響したのかどうかわかりませんが、ハルには、小学生のころから、強迫性障害の兆候がありました。

手を洗った後、せっかくきれいになった手で水道の蛇口を閉めることができず(手が汚れると感じるそうです)、足で蛇口を閉めようとしていたそうです。

 

本件事件当時もハルの強迫性障害は重症で、毎日、アルコールタオルを300枚使って、何とか、「不潔恐怖」に耐えていました。

妻のローズマリーによると、ペンが床に落ちただけで、「捨てようか。どうしようか。」と真剣に悩み(びっくりです!)、捨てないで使うことに決めた後は、アルコールタオルで10分くらい真剣にペンを拭き続けていたそうです。

 

小学校でいじめにあったこともあって、自分は孤独で淋しい人間だと感じていたハルは、中学校に進学すると、友達欲しさにシンナーを吸うようになりました。

シンナーを吸っている子達だけが、自分を仲間として迎え入れてくれたといいます。

(シンナーは集団で吸うことが多く、友達の中にいる気がするのでしょう)。

 

非行に走った時期もあり、離婚して遠方に住んでいたお父さんの職場に、しばらく預けられていた時期もありました。

 

そして、20歳を過ぎてから、シンナーを吸って身体感覚や規範意識が鈍っていたハルは、大きな事件を起こしてしまいました。

そして、懲役7年の判決を受けます。

まだ20代前半で若かったハルは、奈良少年刑務所に送られ、教育的な処遇を受けました。

この教育的な処遇は、かなり良いものだったようですが、薬物依存症だけは治りませんでした。

当然ですよね。

薬物依存症は、犯罪的な心の持ち方や考え方、行動などの問題ではなく、脳の報酬系というところが刺激されて、依存の回路が形成されている「病気」だからです。

嫌な問題や自分のマイナスの感情処理が出来ず、現実逃避して、薬物へ逃げるという心理的なメカニズムも関係しているといえるでしょう。

薬物依存症は、刑務所に入れただけで治ることはありません。

 

受刑を経て、仮釈放されたハルは、昔なつかしい友人を探して、親しかった幼なじみを訪ねますが、その幼なじみが覚せい剤を使用していました。

ハルは、この幼なじみに誘われて、覚せい剤を使用してしまいます。

 

覚せい剤は効果が強く、もともとシンナーを吸っていて、薬物に依存する傾向を持っていたハルは、すぐやめられなくなりました。

慌てたハルは、覚せい剤をやめるために、まずは、大麻までレベルを落としたいと考えたようです。

自分に合う大麻はないかといろいろ試しているうちに、仮釈放中に逮捕されてしまいました。

このとき、いろいろな種類の大麻を持っていて、量が多くなったことで、裁判では営利目的の所持とされてしまったのです。

ハルは、営利目的ではないと争いましたが、裁判では負けてしまい、懲役4年の判決を受けました。

そして、大阪刑務所に送られました。

 

ハルいわく、奈良少年刑務所の処遇には、厳しいなりにも「愛」があったけれど、B級の大阪刑務所には、そんなものはみじんもなかったそうです。

自立心や独立心が強く、主張の強い面があるハルは、長い物にはまかれろという刑務所の体質が合わず、反抗的とされて、よく保護房に入れられたそうです。

(しかし、この自立心・独立心こそが、のちの出所後の仕事での成功につながります。

現在の刑務所にあまりにも適合的な人は、かえって社会で自立できない可能性もあるように思います)。

 

ハルには、奈良少年刑務所時代に重症化してしまった強迫性障害があったため(文化遺産だが、建物が古くて、汚かった)、本当は適切な投薬が必要だったのですが、いわゆる刑務官の前裁きにあって、医師に診察してもらえず、適切な精神薬をもらうことも出来ずに、つらい4年間を過ごしました。

 

(刑務所では、医師不足が深刻で、医師に診察してもらうこと自体が難しく、准看護師の資格をもつ刑務官が前裁きをしている状態にあります。刑務官に取り次いでもらえないと、医師に診てもらえず、薬ももらえなかったりするのです。)

 

そのとき、ハルが頭の中で考えていたのは、ここを出たら今度こそ働いて自立して、仕事で成功したいということだけでした。

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結局、ハルは、合計11年間、さらに裁判で争っている期間も含めれば、13年近くの期間を刑務所で過ごしたことになります。

刑務所を出たとき、ハルは、35歳になっていました。

 

最初は、ずっと刑務所で暮らしてきた自分を雇ってくれるところなどないだろう、

母がやっていた水商売のノウハウを生かして、自分も店をやってみようかと思っていたハルでしたが、外の世界は甘くはなく、うまくいきません。

そこで、ハルは覚悟を決め、どんな仕事でもやりますから、使って下さいと、知り合いに頭を下げて、お店の店頭に立って働き始めました。

 ハルの場合、本来の能力は高く、強迫性障害があるくらいですから、何事もきっちり完璧にこなす性格で、仕事を丁寧に仕上げたり、時間を守ったり、人との約束を守ったりすることは、きちんとできていました。

さらに、小さい頃のお母さんのしつけの影響もあって、人に礼儀正しく振る舞うことも出来ていました。

そんなハルは、めきめき仕事で売り上げをあげ、営業を任されるようになります。

周囲の同業者であるライバル店が、偶然倒産した影響もあったのですが、ハルは懸命に働いて、大きな売り上げを出し、その様子を見たオーナーから出資を得て、新しい会社を任されたのです。

 

しかし、ここに至るまでには、影にハルの涙ぐましい努力がありました。

強迫性障害のために飲んでいた精神薬の影響で、ボーっとして、約束を忘れたり、仕事を忘れてしまうことが数回重なったとき、ハルは、精神薬を飲んでいては仕事が出来ない、このままでは失敗すると感じて、突然断薬する決意をしたのです。

医師に相談すれば、必ず突然の断薬は禁止されます。(危険ですから)。

しかし、どうしても薬を止めて、仕事がしたかったハルは、医師に内緒で断薬しました。

1カ月は、睡眠薬もなく、夜眠ることも出来ず、苦しくてのた打ち回ったといいます。

しかし、何とか慣れてきて、その後は精神薬なしで過ごせるようになりました。

その代わり、アルコールタオルを1日300枚も使って(ものすごい枚数ですが…)、そこらじゅうを拭き回りながら、懸命に仕事を続けたのです。

 

ちなみに、ハルは、保釈が認められて医療機関に入院したときも、自分の部屋の中をくまなくアルコールタオルで拭き回っていたと妻のローズマリーは言っていました。

(気の毒なのですが、その光景を想像すると、少し笑ってしまいました。ゴメンね、ハル。)。

 

そんなふうに頑張り続け、仕事では成功したハルでしたが、出所してから3年目に数々の困難が襲います。

まず、妻のローズマリーとは、出所後知り合ってすぐ意気投合し、同棲していたのですが、そのローズマリーが自転車同士の事故にあって、下半身不随状態になり、歩けなくなってしまったのです。

ハルは、治療法を懸命に探し回り、神経ブロックの名医を見つけ出しました。

そして、その治療を受けた結果、ローズマリーは奇跡的にほぼ元通りに歩けるようになりました。

しかし、自転車同士の事故では、自動車事故の場合と違って保険金は出ません。

ハルは、仕事では成功していましたが、あくまで「雇われ社長」の身であり、あまり大きなお給料はもらっていませんでした。

ハルとローズマリーは、経済的に苦しい状態に陥りました。

 

そこで、二人で考えた結果、夫婦で共稼ぎするしかないという結論になり、ローズマリーをママとしてクラブバーを開店することにしました。

ローズマリーは、元料理人でしたが、クラブで働いた経験もあったのです。

自転車事故の影響で、包丁を使わねばならない料理には少し不安があったため、あまり細かい作業をしなくてすむ、クラブを選んだのです。

新しい店をオープンしたまではよかったのですが、最初は軌道に乗せるためにハルとローズマリーの夫婦はとても苦労しました。

ハルは、自分の営業の仕事もしながらクラブの仕事もしていたので、昼も夜も働くことになり、へとへとになってしまいました。

薬物依存症者にとって、過労状態が長期にわたって続くことは、「引き金」になる可能性があり、良くありません。

 

さらに、ここで、ハルが持っていた、隠れた心理的な問題が湧き上がり、薬物依存を再び呼び起こしました。

ハルは、クラブでママをするローズマリーと連絡が取れない時間ができました。

ローズマリーがハルから「見えない場所」に行くと、ハルは、強い不安を感じるようになりました。

誰かと浮気しているのではないか、自分は裏切られるのではないかという「不安」です。

そして、不安な状態が続くと、ハルは、ローズマリーに対して、だんだん「怒り」を感じるようになってきました。

自分をこんなに不安にさせたことへの「怒り」です。

その怒りは、大きく膨れ上がり、ハルは、自分の感情をコントロールできなくなっていきます。

 

そこへ、ハルの会社に、オーナーの親族が乗り込んできたのです。

その人は、ろくに仕事もしないのに、オーナーの親族であることをかさにきて、傍若無人な振る舞いをしました。

社長であったハルは、とうとう怒りの感情をコントロールできなくなり、爆発してしまいます。

そして、出所から3年を経過したある日、とうとう覚せい剤を使用してしまったのです。

 

このときのハルの気持ちを聞くと、

「このままでは、自分の怒りをコントロールできない。

自分に負い目が出来れば、妻のローズマリーやオーナーの親族社員に怒らずにいられる。

穏やかな気持ちでいられる。」というものでした。

(ちょっと聞いただけでは、???と思いますよね。)

 

覚せい剤は、もちろん使ってはいけないものだ。

それを隠れて使っている自分には負い目がある。

その負い目を思えば、自分に怒る権利などないと思えてきて、穏やかな気持ちでいられるというのです。

そして、その後、しばらくして、ハルは逮捕されました。

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逮捕後、ローズマリーはびっくりして、毎日警察署に通い詰めました。

私も弁護人となって接見に通いましたが、強迫性障害のあるハルには、留置施設の床や壁など、あらゆる場所が公衆便所の床のように汚く見えるらしく、だんだん顔色が悪くなってきて、肌が荒れはじめ、ハルの状態はどんどん悪化していきました。

 

拘置所に移動した後も、ハルの様子は、ひどくなっていきました。

私との接見に出てくるときなど、夏が間近で暑いというのに、厚手の分厚い長そでジャンバーを着て、ジッパーを首元まできっちり締めて、出てくるのです。

接見室に出てくるとき、刑務官が触診をして、身体を触るらしいのですが、それが嫌で防備してくるようでした。

強迫性障害では、好意を持っている人には触られてもあまり気にせずいられるようですが、嫌いな人から触られたりすると、自分がばい菌に汚染されて、死んでしまうのではないかというほどの苦痛と恐怖を感じるらしいのです。

顔色は土気色になっていきました。

 

ハルとローズマリーの強い希望で、今回を刑事裁判では、これを最後の受刑とするべく、治療と更生を目指した刑事弁護を行うことになりました。

ハルは、1日でも早く社会に戻りたい、出所後には、自分の意思で止めるつもりだけれど、心が揺れて再使用してしまう可能性があることは、今回の事件で十分わかっている、

だから、保護観察をつけてもらって、尿検査も受けたいと考えており、当時ちょうど始まっていた一部執行猶予を主張することにしました。

 

アパリと契約して、入院先の医療機関を用意して、保釈請求をしましたが、前科が大きいとか、購入先が組織的な犯罪グループだとか言われ、なかなか保釈を許可してもらえません。

(しかし、購入先が組織的かどうかなど、ただ買って使用するだけの人には関係ない話です。

ハルは、購入先についてもしっかり話をしており、むしろ、検察官の捜査に全面協力していました。

それでも、1回目の保釈請求は却下され、準抗告、特別抗告もしましたが、却下されました)。

 

ようやく保釈してもらえたのは、第1回公判の後でした。

その後、実施した治療や更生へ向けた努力は、以下のようなものです。

  1. アパリと契約して、薬物依存回復支援をコーディネートしてもらいました。

  2. そこから紹介された専門プログラムをもつ医療機関に入院して治療に専念しました
    ここでは、認知行動療法に基づくプログラムを受け、絵画療法やアンガーマネジメントなども受講していました。

    (ここで描いた絵が、薬物依存の原因やハルの心の中の風景を如実に表わしていて面白いのです。証拠として提出しました。)

  3. ハルは、既に受刑歴があり、今回の受刑は避けられなかったため、刑務所に入ってからも安定した状態を維持しながら受刑が出来るように、強迫性障害について投薬調整をすることにしました。
    刑務所でも処方できることがわかっている「パキシル」という薬1剤で量を調整しながら、強迫性障害を安定させるための治療を行いました。
    (刑務所は、一般の医療機関のように何でも処方できるわけではなく、出せる薬と出せない薬があるのです)。
    これは、投薬治療が必要不可欠な他の被告人たちにとっても、極めて有効な手法だと思います。刑務所側だって、受刑者には心身が安定した状態ではいってきてもらった方が、処遇がしやすくてよいはずです。

  4. さらに、こんなに止めるための努力をしてきたのに、どうして薬物を使用してしまうのか、心理面を明らかにするために、専門の臨床心理士のところに通って、カウンセリングを受け、心理的な原因分析をしてもらいました。これは後述します。

  5. また、薬物を使用しないで生活を維持している先輩たちの知恵をあおぐため、ダルクへの一時入所も検討していました。
    (妻子がいるので、長期入所は考えていませんでしたが、短期間の入所でもミーティングに参加して、現実に断薬し続けている人達に接するのは、今後、Aさんが薬物を使用しないで生きていくために非常に有効だと考えていました)。

 

カウンセリングを受けた結果、ハルが薬物に依存する原因がわかりました。

ハルの場合、小さい頃、お母さんが不在で一人ぼっちだったり、いじめを受けたりと、孤独や寂しさを感じて、それを薬物(当時はシンナー)でまぎらわせる体験を重ねていました。

成人してからは、仕事関係などでは人と信頼関係が築けるようになっていたものの、家族のように親密な関係を築こうとするときには、子どものころに経験した感情である、「自分は裏切られるのではないか」、「相手が自分から離れていってしまうのでないか」という分離への不安と猜疑心が生まれてきます。

そして、相手(本件では妻のローズマリー)の全てを知っておかないと安心できない状態に陥り、「こうした不安を抱かせた」という理由でローズマリーに怒りを抱いてしまうのです。

その感情的な苦悩を処理できずに、薬物を使用して、苦痛の軽減を図ってしまうと分析されました。

 

なるほど、納得です…。

(相手のすべてを知ろうとする完璧性は、強迫性障害の影響も受けていると思われます)。

 

ハルが、薬物を使用しないで生きていけるようになるためには、無意識的に持ってしまっているこの「感情」と「思考パターン」に気づき、それを薬物以外の別のもので満たしていく方法を見つけ出し、実践していかねばならないわけです。

 

この薬物依存の原因に気づけるかどうかは、ハルの更生の成否を分けるほど重要です。

原因を正しく知ることは、どんな場合でも最初の一歩としてとても重要なことなのです。

 

しかし、トラブルは続きます。

こんなふうに治療に努力していたハルですが、入院先のお医者さんとはどうしても相性が合わず、突然、病院を退院してしまいました。(保釈中なのに…。弁護人の私とローズマリーは、涙、涙でした。)。

精神科の場合、身体の怪我や内科などと違って、どうしても医師と患者の相性が問題になります。

だから、ハルのように、病院を飛び出してしまうことも起こり得るわけです。

 

退院したハルは、自宅から別のお医者さんに通い、パキシルを処方してもらったのですが、量が合わず、ある日、突然呂律が回らなくなり、救急車で脳神経外科に運ばれてしまいました。

もちろん、薬が合わないだけだったので、脳には「異常なし」で、経過観察となり、帰宅しました。

 

こんな状態ですから、判決当日はフラフラ、顔は土気色で、唇も紫色をしていました。

この状態を前に、体調が悪い中、ちゃんと出頭してきているのだから、少しだけ待ってやってくれないかという弁護人にも、裁判官は、まったく意にも介さず。

まるで、詐病だと言わんばかりの態度でした。

 

弁護側は、一部執行猶予にして、保護観察をつけることを主張していました。

ハルは、先ほど述べたとおり、保護観察と尿検査を強く希望しており、妻のローズマリーも、受刑が終わったからといって突然放り出すのではなく、しばらく保護司さんをつけてほしいと希望していました。

しかし、一審判決は、懲役1年4月の全部実刑判決でした。

 

その理由は、判決の量刑理由では、遠回しな表現になっていますが、要するに、

  1. 前科が重く、(3年間薬物を断っているのですが、)結局、密売人に連絡をとって覚せい剤を入手して使用していて、犯情はよくない、

  2. 確かに、3年間、薬物を断って仕事はしたし、妻の協力もあるし、薬物依存回復支援団体を受けたりなど努力はしているけど、入院した病院を勝手に退院したし、退院後、呂律困難で救急車で運ばれたとか言ってるけど、結局、医師の診断書では「異常なし」と書かれていて、要するに詐病の疑いは捨てきれないわよね、ということで、

実刑だと言うわけです。

弁護側が展開した数々の治療の内容については、(証拠は採用されていましたが)、全くふれられていませんでした。

 

この裁判官は女性でしたが、とにかくヒステリックで、

弁護側が一部執行猶予への適合性を立証するため、治療に関して立証しようとすると、いろいろな珍しいメニューが主張・立証されるのが気にいらないのか、時間がかかるのが気にいらないのか、(そんなに長時間を要求しているわけではないのですが…。公判は結局2回で、3回目は判決言渡しでした。)、声を荒げる人でした。

 

しかし、弁護側は、不当なことを要求していたわけではなく、今までの覚せい剤事件のように、妻の情状尋問5分、被告人質問10分で、「反省してます」だけでは終わらせなかったというだけです。

 ハルが薬物依存に至ってしまった経緯として、生い立ちを簡潔に話して、出所後の薬物を断つための努力、仕事の状況や、妻の自転車事故、薬物の再使用に至った流れを、きちんとまとめて話していただけでした。

それでも、裁判官は、今までより時間がかかる、こんなことは無駄だ、弁護人が不当な弁護活動をしているといわんばかりに、ちょっと気にいらないことがあると、すぐ高い声を張り上げて、ヒステリックに怒るわけです。

 

そして、最終的には、治療や更生への努力の内容には全くふれず、勝ち誇ったような顔をして、くだらない量刑理由を短く書いただけの判決文を読み上げたのでした。

このとき、あの裁判官は、まさか自分の判決が控訴審で破棄され、一部執行猶予初の一項破棄判決になるとは、夢にも思っていなかったと思います。

証拠を見ようとせず、関係者の話を聞こうともしない裁判官の態度は、裁判官として、証拠を正しく評価しようという意思すら感じられないものでした。

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しかし、この判決は、控訴審でくつがえされることになります。

控訴審判決は、一審を破棄する理由の中で、「一部執行猶予の相当性」として、こんなことを言いました。

1 まず、治療や更生保護にむけた取り組みの内容を、こと細かにすべて挙げました。

・アパリと支援契約を結んだこと、

・そこから紹介された専門治療プログラムをもつ病院へ入院したこと、

・薬物依存症と強迫性障害の治療を受けたこと、

・しかし、強迫性障害の薬の調整をめぐって医師と意見が合わず、病院を飛び出したこと、

・しかし、その後、すぐ別の医療機関に行って薬をもらい、一審判決後は入院もしていること、

・その結果、強迫性障害については、投薬の調整がされており、ときどき不安発作は出るものの、安定してきていること

・尿検査は陰性で、治療によって、覚せい剤への欲求も軽減しつつあること

・ダルクやNAミーティングにも6回通っていること(回数まで書いてあった!!!)

2 さらに、心理士のカウンセリングを受け、幼少期の家庭環境等からくる心理的な特性を、夫婦で共に認識して、妻もハルと一緒に問題に向き合おうとしていること

3 夫婦で協力しあって、更生に向けて、具体的な行動をとっており、更生意欲も高いこと

4 更生の可能性は十分認められ、保護観察への適合性に疑念を抱かせるような事情はうかがわれないこと

など、一部執行猶予の相当性が高く認められるとしたのです。

 

その上で、一審判決が全部実刑を選択したことは、その理由がおかしいとしました。

  1. まず、前科の点は、更生を期待できないほど多数の薬物前科があるわけではないし前刑で出所した後も、すぐ薬物使用を再開したわけではなく、一定期間、社会の中で努力していた様子が認められるため、一部執行猶予制度の趣旨を考えれば、特に否定的な評価をすべきではない、と言いました。

  2. また、ハルが一審で入院していた医療機関については、主治医との投薬の調整に関する意思疎通がうまくいかず退院してしまったけれど、その後、別の医療機関へ通い、入院したりして、治療を継続している。とすると、一審がAさんの更生可能性や保護観察への適合性について否定的な判断をしたのは、拙速な判断といわざるを得ない、としました。
    (この点は、弁護人から、控訴趣意書で主張をしていました。精神科医療では、内科などと違って、どうしても医師との相性が問題になる。相性の悪い医師と患者で無理やり治療を続けさせるのはかえって状態を悪化させるだけである。重要なのは、特定の医師に通い続けているかどうかではなく、治療を継続しているのかどうかなのであって、この点は、保護観察官なども、医師と対象者の相性が悪いときは、「お医者さんは変えてもいいよ。治療を続けることが大切なんだからね」と指導しているというのだから、否定的な評価を下す理由にはならないと主張していました)。

  3. また、ハルが呂律困難を訴えて、救急車で脳神経外科に運ばれた点も、一審がこの事実を指摘した趣旨は判然としないが、ハルが、何らかの意図をもって呂律困難を訴えて救急要請をした(要するに、詐病)とは考えにくいのであるから、ハルの更生可能性や保護観察の適合性に否定的な判断を下す事情にはならない、と言いました。
    (この点も、弁護人から、控訴趣意書で主張していました。一審は、あたかもこれがハルの詐病であると言いたげな口ぶりだが、救急車で運ばれるときに、ハルや妻のローズマリーが搬送先を指定することは出来ない。救急隊員が症状をみて搬送先を決めているのであって、それで脳神経外科に運ばれているのだから、実際に、脳梗塞とか脳出血のような原因が疑われる呂律困難の症状があったのだろう、医師が異常なしと言ったのは、「MRIを実施するも、異常なしで、経過観察とした」と診断書に記載されていることをみれば、緊急手術をしなければならないような脳の異常はなかったと言っているだけなのであって、パキシルの影響での呂律困難がなかったと言っているわけではない。そんなことは、この救急搬送時には問題にされていない。裁判官は、診断書をきちんと読んでおらず、正確に意味を理解していない、と主張していました。)

  4. さらに、控訴審判決は、弁護人は、一審で、刑の一部執行猶予を求めて、被告人質問や妻の情状証人尋問だけではなく、上記のようないろいろな再犯防止策について種々の立証をしていたのであり、これらの証拠を正しく理解すれば、ハルには、一部執行猶予の必要性と相当性が高く認められるにもかかわらず、一審が全部実刑としたことには合理的な根拠はない。

    したがって、一審判決の量刑は、刑の一部執行猶予を選択しなかった点において、処遇選択の裁量を逸脱した不当なものであるといわざるを得ない、としたのです。

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この控訴審判決を見た人は、

  1. まず、合計11年間の服役経験がある人であっても、数々の証拠や、被告人、妻の供述を的確に評価して、一部執行猶予制度の趣旨に照らせば、執行猶予をつけるのが相当としたこと、
    (従前の実務では、こんな前科のある人に一部執行猶予がつくとは、夢にも思わなかったのではないでしょうか)。

  2. 実施した治療内容や更生保護への取組みが、多々、実に細かく記載されていて、それを評価していることにまず目が行くのではないかと思います。

これはとても重要なことです。

今後の実務に大きな影響を与えるのではないでしょうか。

 

ただ、私としては、一審判決と控訴審判決の決定的な違いは、

「証拠を見る姿勢」、「証拠を正しく評価しようとする姿勢」の違いにあったと思っています。

 

一審裁判官は、ハルに前科があるとか、購入先が組織的だったとか、そういうことで予断と偏見を持っていたと思われ、そもそもハルや妻のローズマリーの話、アパリの話などをきちんと聞いて、心理分析書などの書証を正しく評価しようという姿勢が全くありませんでした。

少し時間がかかるとか、普段はあまり見かけない立証(アパリの証人が立つとか、心理分析が出てくるとか)があることなどが気に入らないのか、そのたびにヒステリックな対応をしていました。

 

 

それに対して、控訴審の裁判長は、実に淡々としているというか、被告人や事件に対して、予断や偏見をもたない方だったように思います。

被告人や事件に対して、証拠に基づかない悪印象をもつこともなければ、逆に、根拠のない良い印象を持つこともありませんでした。

一言でいうと、「虚心坦懐」に事件や証拠に向き合う裁判官だったように思うのです。

 

さらに、事件担当であったと思われる一番若い左陪席の裁判官が、よく記録を読み込んでくれていて、事件を理解していて下さったと思うのです。

 

控訴審の公判は、大半の事件は、30分枠の審理が、1回結審で終わってしまい、ハルのケースも同じだったのですが、

普段はないことで、「おおっ?!」と思ったのは、

左陪席裁判官が、積極的に、被告人であるハルに話しかけて、「対話」といえる会話が成立していたことでした。

何分話していたかと言われると、正確なところはわかりませんが、数分程度は話していたと思うのです。これは、裁判では結構長いです。特に、控訴審ではかなり長いです。

 

裁判官(左):「あなたは自分の性格の長所と短所は、どんなところだと考えていますか。」

被告人:「長所は、きっちりしているところです。短所は、同じなんですけれども、細かいところだと思います。」

裁判官(左):「きっちりしているのと、細かいところは、表裏のようなものなんだけど…、どこを変えていかねばならないと思っていますか?」、

…という感じで、裁判官からの質問が始まったと思いますが、「対話」が成立していました。

 

私は、常々、弁護人と被告人のコミュニケーションについては、自分が弁護人だからわかるものの、裁く側の裁判官と裁かれる側の被告人との間のコミュニケーションとは、いったいどうあるべきなのだろうか?と考えていました。

神ならぬ「人が人を裁く」ということは、本当は哲学的な題材になるほど難しいことなのだけれど、それに取り組む裁判官達は、いったいどんな思いを持ってこの困難な課題に取り組んでいるのだろう?と思っていました。

(実際は、仕事だからやっているだけというのが本音で、何も考えていない裁判官もかなり多い気がしますが…)。

 

特に、控訴審は、事後審とされていることもあって、裁判官はほとんど被告人に質問をしません。

結構、内容的にも重い事件で、被告人もそれなりに重みのある主張をしているにもかかわらず、何の質問もせず、何も聞かないことも多々あるのです。

その中で、この事件では、左陪席が被告人の更生に関する質問を積極的にしていて、被告人との間で、「対話」が成立していたことはとても印象的でした。

 

また、左陪席は、問題となる事情についても、的確に把握して、裁判官が質問せねばならないことをきちんと質問していました。

具体的には、「最初に入院した病院を突然退院した経緯と理由」を被告人に質問していました。

 

私は、聞いていて、「なるほどなー」と感じていました。

確かに、それ以外の部分については、弁護人の控訴趣意書で説得的な主張が展開されていたと思いますが、その部分だけは、弁護人の主張だけでは真相がわかりにくく、裁判官からみれば、被告人に直接確認してみたいと感じたのでしょう。

非常に的確な質問をしておられたと思います。

 

ハルも、一審後、時間が経過して、強迫性障害の治療が功を奏して、体調は安定しており、とても落ち着いた雰囲気で真摯に質問に答えていました。

 

控訴審裁判所は、最後は、被告人質問時のハルの様子を見て、一部執行猶予にすることを決めたのだろうと私は考えています。

 

そして、判決言渡しの日。

私は、実は、1項破棄になるか、2項破棄になるかというようなことは、全く考えていませんでした。

 

私が考えていたのは、「この事案は一部執行猶予に適した事案である」ということと、

「一部執行猶予の期間が少しでも長くなり、社会内処遇に一歩でも二歩でもにじり寄れるような判決になればいいな…」ということだけでした。

特に、後者については、弁護人の控訴趣意書では、「14月の懲役刑のうち、6カ月を3年間執行猶予(保護観察つき)として、実刑部分は10月とせよ」という主張を展開していて、そこには内心かなり執着していたので、それは少し残念でした。

しかし、まだ制度開始の初期の段階で、そこまでは出来なかったとしても、仕方がありません。

 

1項破棄であることは、判決の言い渡しを聞いている途中で気づきました。

「おや?、これは2項破棄ではなく、1項破棄ではないか?」

「もしかして、すごいんじゃないの?」

「一部執行猶予制度で、1項破棄事案ってもう出ていたんだっけ?」という感じです。

 

判決言渡し後、ハルとローズマリーには、裁判所のエレベーターの前で、この判決は1項破棄だったんだよ、すごいんだよ、と、その意味を説明しましたが、

ハルもローズマリーも、キョトン?とした感じでした。(そりゃ、わからないですよね)。

 

結局、「一審裁判官が間違っていると控訴審の裁判官が言ってくれたのだ」と説明すると、

「一審裁判官に勝った」、「一審裁判官は、間違っている」と喜んでいました。

 

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 今、もうハルは収監されていきましたが、さて、どこの刑務所へ移送されるのでしょうか。

日本では、一度B級の刑事施設へ入れられると、あとは何回受刑しても、B級の刑事施設へ送られてしまいます。

高校のときの現代文の教科書で読んだ「穢れ(けがれ)の思想」なのでしょうか。

しかし、外国では、最初は指標(等級のこと)の重いものから、矯正処遇を経て、指標が下がっていくのが当たり前だと考えられています。

具体的には、B級から、矯正処遇をすることでA級へ、A級から社会復帰施設へ…という具合です。(日本の刑務所の刑務官たちはこんなことはあり得ないと考えています。)

 

ハルは、前刑では、B級の大阪刑務所に入れられましたが、今回は、本来はA級、若しくは、社会復帰センターの処遇でよいと私は思うのです。

こういう点も、日本はもっと改革していかねばならないと考えています。

 

ハルのケースでは、ハルと妻のローズマリーは、お互い相手が大好きで相思相愛の二人でした。

仲がよい分、よくケンカもしていましたが、まさに、二人三脚で裁判を乗り切ったといえるでしょう。

私は、よく「なぜこんなことになるんでしょう?」と尋ねるローズマリーに、「きっと前世のご縁があるのでしょう。」と答えていました。(笑)(本気でした。それ以外には考えられなかった!)。

 

控訴審の最中、妻のローズマリーにADHDという発達障害があったこともわかりました。

ハルの逮捕で、眠れなくなったローズマリーが、精神科へ行き、軽い精神安定剤と睡眠薬を出してもらったとき、夫婦げんかの経緯を話すと、「夫婦ケンカの経緯をみると、発達障害があるかもしれない。」「出るかもしれないから、検査を受けてみませんか」と言われて、検査した結果、発覚したのです。

さすが、医療関係者!!。目のつけ所が違います。

見る人が見れば、わかるんだ…、すごいな…という感じでしたね。

 

強迫性障害は、几帳面で細かく、ほこり1つでも嫌うような潔癖な面がありますが、

ADHDはそれとは正反対で、衝動的に行動し、あちこち気が散って大雑把、片づけられず、部屋もぐちゃぐちゃで汚いのが普通です。

(ただし、色彩感覚などはとても優れていて、美的なもの、芸術的なものに関するセンスは抜群です。

そういう方面では、非常に活躍していることが多いです)。

実は、ハルとローズマリーは、まったく正反対の性質をもった二人が夫婦となっていたわけです。

 

これは、まるで、酸とアルカリを混ぜて、中和させようというがごとく、

正反対の二人を組み合わせて、苦労を共にさせることで、互いの性格の突出面を削って、

「中庸」であることを学ばせようという「神の試み」なのでしょうか?

 

私は、きっと、この神様の試み(魂の磨き)にお付き合いして、二人をサポートしていたのだろうと思っています。

 

この1項破棄事案で、今後の実務が少しずつ変わっていき、社会内処遇が当たり前に実施される世の中へと変わっていけば幸いです。

 

最後に、ハルが収監前に口にしていた言葉を付け加えます。

ハルは、保護観察の期間をもうけることは重要だと言っていました。

今までのように、規制の激しい刑務所から、満期でいきなり社会へ放り出すのではなく(よく考えれば、狂気の沙汰ですよね)、刑務所から社会の中へとソフトランディングをさせていく期間が絶対に必要だと言っていました。

そのとおりだと思います。

 

これから、数年のうちに、刑罰制度改革が本格化するのではないかというムードが漂っています。

ハルとローズマリ―のケースが、刑事司法が更生保護に向かって進化していくきっかけの1つになればと願っています。」

 

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