ミニーさんのクレプトマニア治療体験記 PART1 (事件までの経緯編)

クレプトマニアの治療事例・第2弾、「ミニーさんの治療体験記」をお届けします。

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ミニーさん(ディズニーが大好きだったので、この名前にしました)は、万引きで一度受刑しましたが、出所後、わずか4か月で、スーパーでお惣菜や菓子パンなどを万引きして、再犯してしまいました。

 

 

警察からの電話に、ご主人は、驚き、怒り、絶望を感じました。

当初は、「これから、また子どもと二人の生活が始まる。いったいどうやって生きていけばいいのか…。」
という思いでもみくちゃになっていたご主人でしたが、
その後、しばらくして、落ち着いてくると、インターネットで病気のことを調べ始めました。
そこで、藤乃さんのHPを見つけたのです。

「この藤乃さんのケースは、ミニーとよく似ている…。今まで、こんな人間はミニーだけだと思っていたけれど、
よく似た人がいて、治療で回復した人がいるのなら、もう一度だけ、頑張ってみようか…、
あと一度だけ、あと1度だけ、治療にかけてみよう。」
そう思い直して、私に電話してきてくれたことがきっかけでした。

 

ミニーさんのケースは、幼少期の影響を強く受けたケースで、摂食障害とクレプトマニアの重症事例です。

しかし、ミニーさんも、藤乃さんと同じく、赤城高原ホスピタルへ入院して、一歩一歩、着実に回復への道を歩んでいきました。

幼少期や環境の影響は強力で、それを乗り越えるのはとても大変だけれど、周囲の理解と本人の努力があれば、道は開けます。

今度出所してきたときは、きっと再犯せずに、ご主人と子どもさんと家族3人で、平穏で幸せな生活を送ってくれるだろうと思っています。

 

では、ミニーさんのケースを読んでみて下さい。

 

【幼少期~小学生時代まで】

ミニーさんが育った家庭は、父母と兄、ミニーさんの4人家族でした。

おうちは商売をしており、とても繁盛していました。 

両親は、朝早くから夜遅くまで、休みなく働き、家はとても裕福でした。

家には、当時はまだ珍しかった大型テレビがあり、お父さんの好きな007のビデオシリーズがそろっていました。

お母さんは、洋服やアクセサリー、化粧品などをたくさん持っていました。

 

しかし、夫婦仲はよくなかったため、お母さんは、いつもイライラしていて、お父さんへの苛立ちを娘であるミニーさんに向けていました。

 

仲の悪い両親の間で、ミニーさんは、とても孤独でした。

二人に仲良くしてもらいたいから、自分が間に入って何とかしなければいけないと常に思っていました。

いつも、お母さんの機嫌が悪くならないようにと気を使って、お母さんの顔色をみて生活していました。

  

ミニーさんには、家族で一緒にご飯を食べた記憶がありません。

家で、お母さんにカレーを作ってもらって食べた経験がないのです。

家族でお鍋を囲んだ経験もありません。

 

家には、いつも、お金はおいてあったので、好きなものを自分で買って、食べることになっていました。

といっても、まだ幼いミニーさんは、火を使うことは許されていなかったので、食べるものといえば、

弁当屋の弁当、インスタントラーメンや、スーパーのお惣菜やパン、お菓子などでした。

それをいつも一人ぼっちで食べていたのです。

 

毎日、1万円(幼稚園・小学生なのに!)がおいてあり、いくら使おうが、何に使おうが何も言われませんでした。

 家族で、学校のことや友達のことを話すこともありませんでした。 

 

ただ、クリスマスやお誕生日には、物をいっぱい買ってもらうことができ、おもちゃは何個買ってもよい状態でした。

年に何回か旅行にいって、それが家族のコミュニケーションであるとされていました。

 

3食きちんと食べることもなく、野菜を食べるのは給食だけ。

そんな生活をしていたミニーさんは、小学校のころ、かなり太っていました。

 

太っていたミニーさんは、動きが鈍く、どんくさいため、デブ、ブス、バイ菌などと言われ、いじめられました。

 

いじめられたことで、ミニーさんは、「太っている」ということに対して、

嫌われる」、「孤独になる」、「周りから認めてもらえない」、「受け入れてもらえない」

といったイメージを強烈に持つようになりました。

 

家には誰もおらず、一人ぼっちで過ごしていたミニーさんは、その寂しさを、

置いてあるお金で、好きな食べ物をたくさん食べたり、

「文房具」や「最新のおもちゃ」など、皆が持っていない「モノ」を手に入れることで、紛らわせるようになりました。

また、手にいれたモノを見せたり、友達に配ってあげることで、友達や人との繋がりをたもっていました。

(子どもって、文房具がとても好きですものね。
私が子どものころは、松田聖子さんがアイドルで、聖子ちゃんの筆箱などがあり、それを持っているお金持ちの友達がとてもうらやましかったのを覚えています)。

 

ミニーさんは、小学校時代をずっとこういう感じで過ごしたのです。

 

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【中学校時代】

中学生になって、部活動でスポーツに取り組むようになったミニーさんは、目の前のことに懸命に努力する持ち前の粘り強さを発揮し、大会で勝ち抜いて、全国大会にまで出場しました。

 

しかし、中学3年生の夏、クラブ活動を引退した後、摂食障害になってしまいます。 

唯一自分が認められていると思えていた部活動がなくなったことと、

部活を辞めることで、太るという思いが強くなったためでした。

 

ミニーさんは、何のとりえもない自分に何か価値を残すためには、体型しかないと思い込みました。

小学校時代に太っていて、いじめられた経験があったため、太ると、非難され、認められず、孤独になるという
思いから抜けられなかったのです。

 

体重は23キログラムまで減少し、病院に入院しました。

見た目はガリガリですが、病識がないため、本人的には元気いっぱいのつもりで、自分が病気だとは思っていない状態でした。

 

【高校時代~大学時代】

その後、中学校を卒業したミニーさんは、高校に入ってから、拒食から、過食嘔吐へと移行し、吐くことを覚えてしまいました。

食べたいという欲求はあるけれど、太りたくないから、吐くのです。

ほぼ毎日過食嘔吐をしていましたが、学校を休むことはなく、勉強はきちんとしていました。

 

そして、ミニーさんは大学へ進学しましたが、摂食障害の影響で、勉強は頭に入りません。

 

その後、ご主人との出会いがあり、結婚したため、大学をやめて、専業主婦になりました。

そんなミニーさんが子どもを授かったのは、結婚してから8年後、待望の子どもでした。

                                                     

 

【万引きの始まり】

ミニーさんが万引きをするようになったのは、大学生になって、一人暮らしを始めてからです。

自分でお金の管理をする能力が身についていなかったのに、いきなり、「これからは、月10万円の仕送りでやっていきなさいね。」といわれて、ミニーさんは戸惑いました。

 

ミニーさんの親は、もう成人に近い年齢になったのだから、お金の使い方は当然わかっているはずだ、出来るはずだ…と思っていたようです。

しかし、人間は、「教えられていないことは、わからない」し、「出来ない」のでした。

お金の使い方も、皆、当たり前のように出来るようになると思っていますが、実際は、幼少時からの「教育」によって身に着けているのです。

ミニーさんは、お金の使い方、つまり、限られたお金を必要なものへ分配し、ときには我慢しながら、ときには楽しむという生きる技術について、全く教育を受けていませんでした。

 

ミニーさんは、経験したことのない「一人暮らし」の生活に、今までのように、自分が使いたいように使っていたのでは、生活が出来なくなるのでは…?という不安を感じました。


仕送りされるお金だけでやりくりできるか、ミニーさんは不安で不安で、仕方がありませんでした。

 

そこで、まずバイトを始めましたが、過食嘔吐をするために食べ物が必要な上、それまでの生活習慣から、「モノがないと不安」な状態が続きます。

 

自分が満たされるためには、お金を使うしかないのだけれど、お金が減ることにも不安があるため【枯渇恐怖】、両方手にいれるための手段として、「万引き」へつながっていったのです。

 

結婚して間もないころは、精神が安定したのか、摂食障害がとまり、万引きもなくなりましたが、

摂食障害が始まると、また、万引きも始まってしまいました。

 

万引きは、食べ物以外の商品にも広がっていきました。

ミニーさんは、赤城へ入院して、たくさんのミーティングに参加した後、

その理由を「自分の感情が不安定になったとき、そのときどきで、一番執着している物を手に入れることで不安を解消しているから」だと分析しました。

 

こんなふうに、モノで自分の心を癒そうとするのは、子どものときに、文豪具などで孤独感や寂しさを癒していたことと関係していると思われます。

ミニーさんからみると、モノは何も言わず、すべて受け入れてくれる友達のような存在だったのです。

 

何度かの罰金刑の末、ミニーさんは、正式裁判を請求され、執行猶予判決を受けましたが、

執行猶予中に再犯し、とうとう実刑判決を受けました。 

 

執行猶予中に再犯すれば、実刑になるのはわかりきったことのようですが、万引きする瞬間は、そんなことは頭に思い浮かびませんでした。

刑務所に行くのが嫌だから、万引きをやめるとかではなくて、

孤独感の方が強く、とりあえず、今そのときの感情を癒し、孤独感を埋めていかないと生きていけなかったからです。

 

万引きする直前に、「今、盗んだら刑務所に行くことになる」なんてことは、全く思い出せなかったし、

とても悲しいことですが、子どものことすら、その瞬間には思い出せませんでした。

 

 そして、ミニーさんは、受刑を経験します。

 

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【刑務所というところ】

刑務所は、何事も強制的に行わせ、それに従って生活が行われる場所でした。

 

刑務所では、体重の少ない人は、甘い物、例えば、プリンとか、ヨーグルトなどは食べられないという罰がありました。

「甘い物が食べたいのであれば、体重を増やせ」という感じです。

 

最初は、体重が増えることを受け入れられなかったミニーさんでしたが、

「このままでは、医療刑務所に行きますよ。ベッドの上で縛られた生活になりますよ。

仮釈放も出ないから、このままでは家族の元へも帰れない。」と言われ、最終的には、体重が増えることを受け入れ、食事は食べるようになりました。

 

 刑務所にいる間、ご主人は、子供の写真や保育所便りなどは、かかさず送ってくれました。

 

男親一人で、まだ幼い子どもの面倒を見て、子育てし続けるご主人…。

ご主人の苦労も並大抵のものではありませんでした。

 

ミニーさんは、出所したら、今度こそ、二度と万引きはせず、 家族の時間を大切にして、心を安定させて生活を送ろうと思ってました。

刑務所でこれだけ辛い思いをしたんだから、もう万引きはやめられる!、そう思っていました。

 

 

【出所後】

そして、刑期満了の1ヶ月前に仮釈放されたミニーさんは、刑期の満了とともに、出身地へ帰り、新しい生活を始めます。 

 

夫婦で相談して、都会的なお店がたくさんあるところよりも、少し田舎の住み慣れた落ち着いた街で生活しようということになったからでした。

子供の環境も考えて、引っ越しを決意したのです。 

 

そして、ご主人は、新しい就職先を探し出しました。 

ミニーさんも、ハローワークへ行って、3か月の介護研修を受け、資格をとろうとしていました。

夫婦で共働きして、家計を支えようとしたのです。

 

 

しかし、出所から4か月後、本件事件が起こります。 

 

更生に向けて、努力していたミニーさんですが、実は、刑務所を出ても、過食嘔吐は治っていませんでした。

少し多めに夕食を作り、家族がお風呂に入っている間に食べて、自分がお風呂に入っている間に吐いていました。

過食嘔吐は、ほぼ毎日続いていたのです。

 

家族と一緒に、普通に食事をしたいけど、太るのが怖いという思いは捨てられませんでした。

量を抑えて、でも足りなくて、食べたいけど、太りたくない…。

そんな矛盾した思いに翻弄されて、過食嘔吐が続きました。

 

「食べたら、太る」、「太ると夫に見捨てられる」という思いがどうしても消えません。

実際には、ご主人は、ミニーさんが再犯しても見捨てたりなどしませんでした。

ご主人が、ミニーさんを見捨てるはずなどないのです。

にもかかわらず、「見捨てられる」という思いが捨てられなかったのです。

 

ご主人と子どもとの家庭生活の中では、

こんな自分は必要ない」、「いても迷惑をかけるだけ」、「自分は必要とされていない」という思いが消えませんでした。

 

これは、あとから、ご主人の尋問で聞いたことですが、ご主人のミニーさんへの接し方は、受刑前と変わらなかったものの、

まだ幼い子どもは、突然母親がいなくなり、受刑の間、会っていなかったため、(刑務所での面会はしなかった)、

また突然戻ってきた母親にとまどったようです。

 

以前は、「お母さん、お母さん」と何事につけても、母親に甘えていたのに、
ミニーさんが受刑後戻っても、「お父さん、お父さん」と父親にまとわりつく態度を示していたのだそうです。

ご主人は、きっとショックだったと思うと、証言しておられました。

 

ミニーさんには、自分がいない中で、二人の生活が出来上がっているように思えて、自分が必要とされていないように思えてしまったのでした。

 

また、家計が苦しい中、ミニーさんは、ご主人から、2日で3000円でやりくりするようにと言われていました。

 

このご主人の言葉に、ミニーさんは、「自分にはやりくりできないのではないか…」という不安にかられていました。

しかし、ご主人に認めてもらいたいという思いが強いミニーさんは、「出来ない」と言えませんでした。

むしろ、3000円で、ちゃんとしたお料理を出して、ちょっぴり貯金も出来てるよ♪というところを見せたいと思いました。

 

これをやってみせないと、自分には存在価値がないと思いました。

3000円は、確かに大きなお金ではないけど、やって出来ない金額ではありません。

だから、出来るところを見せたい、見せなくては…と思ったのです。

 

その葛藤を解決しようとして、「万引き」という選択肢が出てきてしまったのだろうと、後に、ミニーさんは振り返っています。

 

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【事件当日のこと】

 事件当日、ミニーさんは、介護の授業に出席した後、介護のアルバイトの面接を受けに行きました。 

 

夕方、面接が終わった後、ミニーさんは、夕食のおかずに、お惣菜をもう1品、追加したいと思いました。

夕食には、前日の夜から、シチューを作ってありましたが、もう1品何か付け足したいと思ったのです。

あと、味噌汁の出汁がなかったので、それも買って帰ろうと思い、スーパーに立ち寄ったのです。

 

スーパーに入り、お惣菜のパックを手にとり、出汁を見に行きました。

そして、出汁のパックを手に取ったとき、

ミニーさんの頭には、「よく使うから、出汁はたくさんあった方が便利だし、すぐ無くなる心配もしなくてすむ」という考えが浮かびました。

 

袋入りのものの方がたくさん入っているように見えたため、袋入りの方を選びました。

量が多い方が、すぐなくならず、「安心していられる」のです。

 

しかし、出汁の値段を見ると、持っているお金では足りない値段でした。

 

「買うのを止める」という選択肢はありませんでした。

ミニーさんは、「自分が必要だ」と思ったものを無しですませることが出来ませんでした。

 

「なくなったものは、埋めておかないと、安心できない」のです。

どうしても、手にいれずにはいられませんでした。

盗もうと思いました。

 

そのときの気持ちは、高ぶっていて、何とも表現できません。

通路で、持っていたエコバッグに出汁と惣菜のパックを入れるとき、刑務所のことは思い浮かびませんでした。

 

どれか商品を戻そうとか、出汁はもっと小さいものにしておこうというような考えも浮かびませんでした。

 

「なくなったものは、補充しておかないと、落ち着かない」という脅迫的な考えがありました。 

商品を自分の袋に入れた直後は、「ほっとして、安心」します。

 

その後、スイッチが入ってしまったミニーさんは、パン、コーヒー牛乳、シュークリームなど、過食嘔吐のための食べ物を盗みました。

ゼロか100の考えなので、1つ盗ってしまったら、あとは同じだと思いました。

過食嘔吐のためにこれが必要で、どうしても手に入れたいという気持ちでした。

 

自分の袋に入れた後は、 安心した気持ちになりました。 

 

そして、店の入り口を出たところで、保安員さんから声をかけられ、逮捕されます。 

我に返ったミニーさんは、このとき、「これで本当に家族を失った…。」と思いました。

 

お店の事務所に移動してからのことは、よく覚えていません。

 ただ、呆然として、時間が過ぎるのを待ってた感じでした。

 

このときを後の被告人質問で振り返って、ミニーさんは、こう語ります。

 

家族からどう思われるだろうかとか、

自分はまた刑務所での生活だなとか、

刑務所まで行ったのに止めれない、どうしようもない人間だな…など、自分の事だけしか考えられなかった。   

 

被害者はもちろん、家族のことさえも考えられなかった。

「家族からどう思われるか」という自分のことしか考えられなかった…。

 

【事件後】

警察からの電話に、ご主人は、茫然とし、怒りに震えます。

 

ご主人は、出所後、ミニーさんに、「次に再犯するんだったら、俺と子どもを殺してからにしてくれ」と言ったこともあったそうです。

俺と子どもを殺す気か…。

幼い子どもを抱えて、これから、また一人で、どうやって生きていけばいいのか。

もう限界だ…。

 

翌日、被害店舗へ謝罪と被害弁償に行って、商品を買い取ったご主人は、

怒りのあまり、そのレシートをぐしゃぐしゃにまるめて、ゴミ箱へ捨ててしまいます。

 

(大切な証拠なので、弁護人としては、つらいものがありました。(T_T) 涙」

結局、裁判では、被害弁償のレシートは提出できませんでした。

それでも、裁判官も検察官も、ご主人が被害弁償したことを疑ったりはしませんでしたが…。)

 

のちに、ご主人の証言によると、レシートを捨てたのは、次のような思いからでした。

 

レシートには、商品名が書いてあります。

出汁パック、惣菜、パン、コーヒー牛乳、シュークリーム…、etc。(4000円代くらいの金額でした。)

こんなモノのために、自分たち父子の生活がまた破壊されるのか…、

そう思うと、そのレシートは見るのも嫌で、こんなもの、あっても無駄だと思ったそうです。

 

検事調べのときも、まだ怒りしか感じられなかったご主人でしたが、取調べが終わるころになると落ち着いてきて、

インターネットで、「摂食障害」のことを調べ始めます。

そこから、万引きのことを調べるうちに、偶然、私のHPの藤乃さんのページにたどり着いたのです。

 

ミニーのケースと、よく似ている…。

今まで、ミニーのような人がいるとは思わなかったが、よく似た人が他にもいて、「病気」であると診断されて、
実際に、治療によって回復しているケースがある…。

 

今まで、ミニーさんの万引きには必死で対処して、注意もしてきたけれど、病気という視点で見たことはなかった。

自分は頑張ってきたつもりだけれど、まだ、自分にはしていないことがある。

ならば、やってみよう。

治療してみよう。

今やらないと、きっと、あとで後悔する…。

 

そう考えたご主人は、私のところに電話してきてくれたのです。

そして、保釈請求へ、赤城高原ホスピタルへとつながっていきます。

 

さて、この続きは、ミニーさんの治療体験記、PART2、「裁判と治療編」でどうぞ。

 

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